気がつけば。

「・・・・・・」

 そこは一面の樹海だった。
 見たこともない花々や図鑑にも載ってないような奇怪な形の草。

「・・・ひたひ」

 とりあえず、頬を引っ張ってみた。
 普通に痛い。
 つまりそれは、この状況が夢でも現でもない、現実なのだと言うことを如実に示していた。
 周囲を見回すと、樹海の名の通り空からの光はほとんどなく、冷たい雨が身体を濡らす。
 今、この場に自分しかいないことを認識して。
 とりあえず、自分の置かれた状況を確認してみることにした。

 状況確認その1 「ここはどこでしょう?」

 ・・・・・・・・・さぁ?

 状況確認その2 「言葉の通じそうな人の存在は?」

 ・・・・・・・・・いるわけねーぢゃん。

 状況確認その3 「自分の服装etc」

 まず、着ているのはいつもの普段着。黒Tシャツの上に白の上着を羽織り、紺のデニムズボンをはいて茶色のベルトでしめてある。
 首元にはグレーのチョーカー。幼馴染がくれたものだ。
 茶色がかった黒髪は毛先がちぢれ、ボサボサ感が少々。それが寝癖っぽいのはご愛嬌だ。
 靴は黒地のスニーカー。小さなウエストポーチには少量のお菓子。
 つまるところ、いつもどおりだ。

 ・・・で。
 問題なのは、だった。

「か、刀・・・?」

 いわゆる典型的な日本刀というヤツだ。刀身が妙に青みがかっている以外は。
 黒塗りの鞘から抜いてみて初めてわかる、その危険性。
 もちろん、自分はこんなもの使ったことないし、見た事だってテレビの画面上でのこと。
 剣術なんて知らない。せいぜい学校の体育で剣道をちょっとかじったくらいだ。

 ・・・っていうか、この状態でパニックを起こさない自分の肝っ玉にカンパイ。

「とりあえず行動、かな」

 そう決めて、歩き出したとたん。


“ぎゃあ・・・っ!!”
“が、ぐぅぅっ!”


 悲鳴とも取れる叫び声が聞こえた。
 まだ幼い子供のそれは、何かの『音』と共に発されている。
 その『音』がなんなのか。
 今の状況すらほとんど理解できていない自分にはもちろんわかるわけもなく、しかしそれが妙に耳に残っていて。

 思わずその方向へ駆け出していた。
 ・・・なぜ駆け出していたのか、自分でもよくわからない。
 ただ、この声の方向に人がいるんだという単純な理由なのかもしれない。
 雨水を吸い込んでぬかるんだ獣道を服が汚れることなど毛の先も気にすることなく走る・・・すぐに、開けた場所に出た。
 どんよりとした灰色の雲が空を覆い、雨が直接顔に当たってはじける。
 しかし、彼は目の前の光景に目を見開き、微動だにできなかった。

 湿った大地に横たわる、幼い身体。
 その身体から流れ出る赤黒い液体。
 それが何なのか、理解するのに数瞬の時間を必要とした。
 っていうか、それらを見ても腰を抜かさない自分にホント乾杯だ。

「なんだよ、これ・・・」

 幼い身体に歩み寄る。
 泥で汚れた服など気にも留めず、幼い身体――少女の脇へ膝をつく。
 冷え切った少女の頬に手を当てて、自分よりも5,6年下らしいことを理解する。

 なんで、こんな子供がこんなところでこんな状況になってるんだ!?

 そんな疑問が頭をよぎる。
 しかし、口に出たのはそれ以前の問題で。

「なんなんだよ、ここは!?」

 実はここは非常に危険な場所なんじゃなかろうか。
 そんな考えに行き着いて、声にだしてしまった。

 少女の身体には無数の小さな擦り傷きり傷と、肩口からわき腹にかけて大きくつけられた傷がある。
 小さな傷はさておいて、問題なのは身体の中身すら綺麗に切り裂かれたその傷だ。これが自然にできるようなものではないことくらい、まだ14の自分にだって理解できる。

 ・・・これは、人がつけた傷なんだ。
 ・・・なにか鋭利な刃物で斬りつけられたんだ。

 そう理解することに、時間はかからなかった。
 そのときだった。

「っ!!!」

 背後から草音が聞こえる。
 雨音とは違う、それは明らかに『生物』が出した音。
 そして、背後で息を呑む音。
 振り向いた先に立っていたのは、妙齢の女性だった。
 羽織に袴という時代錯誤な着物を纏い、雨に濡れた長い髪が顔に張り付いている。
 額には鉢金。しかし、その女性らしい顔立ちと豊かな胸元が、彼女を女性たらしめていた。
 そして、手に持っていたのは鍔のない、軽く反り返った刀身だった。
 腕の中で動くことのない少女を傷つけた・・・刃を持つ武器。

 こいつが・・・こいつが、この子を・・・ッ!!

 怒りがふつふつとこみ上げる。
 顔がどんどん引きつっていくのがわかる。
 しかし、ここで声を上げる意味がないことを、彼はわかっていた。
 『自分』は、何も知らないのだから。

「ねえ、おねえさん」

 だからこそ、女性に向けた視線を少女に戻す。
 ・・・なぜ。

「お前は」
「聞きたいことが、あるんだけど」

 ・・・この子を知らないはずなのに。

「なんで・・・」

 ・・・自分には、関係ないはずなのに。

「こんな小さな子が・・・死ななきゃいけないんだろうね」

 ・・・なんで、こんなにも胸が締め付けられるんだろう。

「なんで、殺されなきゃいけないんだろうね」

 ・・・なんで、こんなにも悲しいんだろう。

「こんな場面を目撃した俺を、貴女は殺さない・・・殺そうとも思ってない」

 この子と俺・・・いったい何が違うのかな。
 涙が止まらない。

「それは・・・」

 女性は答えを告げようとして、詰まった。
 苦しそうで、悲しそうで。
 目の前の少女を殺してしまったことを、後悔しているようで。

 何で、彼女があんなに悲しい目をしているのか。
 わからない。
 この世界を知らない。

 だから、知らなければならない。
 そんな思いが湧き上がる。

「・・・っ」

 動かなくなった少女を抱き上げると、おぼつかない足取りで女性に背を向け、歩き始める。
 もちろん、それを止めるのは背後の女性で。

「ど、どこへ行く・・・!?」

 そんな声に、足を止めた。
 ・・・どこへ行くかなんて、俺は知らない。
 あてなんて、どこにもない。

 でも、この子を放置しては置けなかった。それになにより、この子を手にかけたと思われる背後の女性と同じ場所にいたくなかった。
 ・・・人殺しと同じ場所になんか、いたくないから。
 だから、止めていた足を再び動かした。

「―――!!」

 女性の声が聞こえる。
 しかし、その内容は頭に入ってこない。
 追いかけてくる気配はない。だから、俺は動かす足を止めることはない。

 それでいい。今はただ、この子が安心して眠れる場所へ連れて行きたい。
 それだけだった。
 名前も知らない少女の身体は、とても軽かった。

 ・・・

「ここらで・・・いいか、な」

 翌朝。
 肌を叩くような雨も降り止み、朝日が顔を覗かせている。
 猛々しく茂った木々の合間から、眩しい光が彼と少女を照らしていた。
 一晩歩いた。雨でぬかるんだ道を踏みしめ、足をとられながら。それだけ歩いて、やっと少し開けた空き地に出ることができた。
 少女を雨水で湿った草の上に寝かせて、ただひたすら土を掘り返す。
 道具もなしに穴を掘るのは骨だが、昨夜の雨のおかげで作業は滞りなく進んだ。
 手も真っ黒で、汗はとめどなく頬を伝う。
 時間こそかかったものの、日が暮れる前に自分にしてはよくできたと言わんばかりの穴を掘ることができた。
 少女へと向き直る。

「こんなことしかできなくて・・・ごめんな」

 身体を抱き上げ、穴の中へ。

「・・・安らかに」

 穴に入れる際、少女の足から靴が落ちる。
 しかし、今の彼にそれを気にするほどの余裕はない。
 一晩歩いた上に、休むまもなく穴を掘り続けたのだから。
 その作業が彼にとっては余りに過酷で、疲労がピークを超えていたことも、少しでも気を抜けばきっと倒れてしまうだろうと、本能的に理解していたからだ。

「・・・おわったぁ」

 少女を埋めて、黒く汚れた手で汗を拭う。
 手のひらに乗るくらいの小さな石をこんもりと盛り上がった山に乗せて、簡易的ではあるものの立派な墓標の完成だ。
 そして、出来上がった墓標の前に跪き目を閉じると、黙祷をささげた。

「もう、限・・・界」

 すべてを終えた少年は、その場に倒れ伏す。
 黒く染まった空が見えるように、仰向けに。
 目を閉じれば、あっという間に意識は沈んでいく。

「・・・い! こ・・・とが・・・ぞ!」
「し・・・か?」
「・・・い」

 そんなやり取りが、遠くで聞こえたような気がした。


 ・・・


 深い穴の底に子供たちと共に落ちてから数日。
 私たちはようやく助けられた。
 サブルムの兵士たちによって。なんでも、

『ヴィエーラの兵士たちに追われていた女子供がいる』と聞きつけてきたのだとか。
 自分は敵国の人間であるにも関わらず、助けてくれたことに何か裏がありそうであることは間違いないのだけど、それを気にできるほど、私には余裕がなかった。
 極度の空腹と、出口の見えぬ暗闇。
 それらを不安に思わぬ人間が、いったいどこにいるだろう?

「おい、ここにも人がいるぞ!」

 1人の兵士の声が聞こえた。視線をやれば、ぼろぼろな格好で仰向けに寝そべる少年の姿が飛び込んでくる。
 見慣れない服装。しかし、私には彼が他人とは思えなかった。
 そう思う理由すらわからぬまま、視線を彼の正面へと移動させる。
 盛り上がった土塊に小さな石。これが誰かの墓標なのだと気づくのに時間はかからなかった。
 そして、その近くに転がっていた黒ずんだ小さな靴。
 それを見て、私は目を見開いた。
 その靴は私が見殺しにしたはずの少女――ウェルの靴だったのだから。

「知り合いか?」

 ・・・だからかもしれない。

「・・・はい」

 他人だと思わなかったのも、兵士の問いにうなずいていたのも。
 彼と私は同じなんだ、と思うことができたから。


 ・・・


「・・・・・・」

 再び気がつけば。
 そこは部屋の中で、ベッドの上だった。
 真っ白なシーツのかけられた木製のベッドで、自分の服すらも綺麗なものに変わっていた。
 どちらかというと、病人が着るような服だ。

「・・・お目覚めですか?」
「え」

 状況が理解できぬまま、1人の女性が声をかけてきた。
 ・・・否。扉を開けて自分がいる部屋に入ってきたのだ。

 薄い金髪。
 最初に視界に飛び込んできたものだった。
 視線を下へ移動すると、綺麗、としか表現できないほど整った顔立ちの女性が微笑を浮かべて立っていたのだ。

「あなたは・・・それに、ここは・・・?」
「私の名はテレサです。ここはサブルム帝国の医療施設ですよ」

 女性――テレサさんは手に持っていた食事をベッド脇の小さな机に置くと、微笑を変えないまま椅子に腰掛けた。



国名や人の名前で検索すれば出てくるとは思いますが、以前も日記で軽く触れたとあるゲームの名前変換小説の一場面です。
連載する気は皆無。ただ書いてみたかったという理由で書いてみたちょっと長めの短編でした。
超が付くほどのどシリアスで、笑いなんかかけらもないですが、楽しんでいただけたのなら幸いです。

ブラウザバックよろしくです。
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