遠坂凛はあまりの状況の悪さに歯噛んでいた。
 ここは人里はなれた樹海に位置する巨大な城。そのエントランス。煌びやかな装飾の施されたシャンデリアがそのあまりの威圧感に揺れ動き、擦れあっては音を立てる。

 長く伸びた階段のその上に、その装飾に似合わぬ黒が在った。
 黒く短い髪。白く長い髪。夜の闇のような黒い肌。雪のように白い肌。あまりに巨大で、あまりに強い存在感を放つ巨人。それとは対照的にあまりに小さく華奢な身体。
 今回の聖杯戦争において、最強と名高いサーヴァントと、そのマスター。

「……ブレイカー」

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンと、バーサーカーのサーヴァント――ギリシャの大英雄ヘラクレス。
 その圧倒的な存在感が、相対する4人の男女を震撼させた。
 ……いつ出会っても、慣れない。慣れるわけがない。
 目の前に突きつけられた死の訪れに、彼らは選択肢を失していた。

 彼らが生き残る術は、たったの二つ。

 苦渋の決断だった。自身が『負ける』ことすらもあえて受け入れて、自身のサーヴァントにその一言を告げると。

「しばらくアイツを止めて。その間に、私たちは逃げる」
「……ん、それが最善だな。OKOK」

 現代風の服装の男――ブレイカーが、ひょいひょいと前進していた。

「ちょっ、遠さ」
「仕方ないじゃない! そうしないと、私たちはみんなまとめて殺されるわ」

 選択肢はたったの二つだけだった。
 一つは、戦って勝つこと。足手まといを二人も抱えた状態である上に最初から勝ち目のない戦いを、どうやって切り抜けられるだろう。
 もう一つは、バリバリ絶好調なブレイカーを犠牲に逃げおおせること。彼は純粋な腕力だけならバーサーカーには及ばないものの、仮にもサーヴァントだ。時間稼ぎくらい出来る。生き残るだけなら、こちらの方が圧倒的に確実だった。
 イリヤに捕らわれた士郎を助け出すためにとここまで来た。宝具によってその身の魔力をギリギリまで使い果たしたことで戦う力を残していないセイバーと未だ本調子でない士郎。魔術師としては一級品でも相手が悪く手が出せない凛。そしてブレイカー。
 士郎の声を無理やり押さえつけて、凛は表情に険しさを見せる。 
 彼女にすれば、それはあまりに不本意なのだ。せっかく喚び出したサーヴァントを、味方だが『敵』である士郎を助けるために犠牲にするのだから。
 でも、起こってしまったことは仕方ない。少ない犠牲で生き残れるなら、躊躇いもなくそれを行う。
 彼女は、どこまでも魔術師だった。

「ブレイカーもブレイカーだ! お前、答え方が軽すぎる……!!」

 あまりにあっさり了承したブレイカー。
 いくらサーヴァントとはいえ、せっかく得た肉体いのちを、どうしてそうも簡単に捨てられようか。
 誰かの犠牲の上で、生き延びる。士郎には、それがどこまでも耐え切れない。

「ありがとな、士郎。でも、この身は非公式とはいえどサーヴァントだ。マスターの命は絶対だよ?」
「俺が言いたいのはそうじゃない! お前の意思は、気持ちはどこにあるんだよ!?」

 やさしいな。

 修羅場だというのに、そんな暢気なことを思う。
 正義の味方になるというその理想。一を犠牲に九を助けるその在り方は、どう足掻いても歪んでいた。しかし彼は、そうならないためにといつも考えている。
 みんなが助かり、みんなが笑っていられる未来を。

 ……しかし。

 ままならない現実というのは、どこにでも存在するもの。

「士郎」

 今のこの状況では、凛の命じた方法が一番、かつ最善だった。それ以外に、彼女たちから逃げおおせる方法などありはしない。
 士郎も、それがわからないわけではない。でも、彼自身の在り方そのものが、その行為を許せない。
 だから。

「正義の味方を目指すなら……」

 言い聞かせなければならないのだ。
 子供に伝えるように。諭すように。

「理想と現実の区別を、つけておくことだ」

 彼の在り方を、否定しなければならないのだ。

「……っ」

 士郎は押し黙った。言い返すことなどできはしない。その言葉が、どこまでも重たいものだったから。
 ブレイカーが経験してきたすべてをもって放った言葉だったから。
 たった一言。それだけで、ちっぽけな半人前魔術師のすべてを押し潰すには、十分だった。

「凛。士郎とセイバーを連れてさっさと城を出ろ。それから――」

 ブレイカーは言う。バーサーカーを打ち倒すために、己が自身のすべてをかける。
 破壊者の名を冠する、内に秘めたその巨大な力を今、存分に振るうことを決めた。

「時間稼ぎなんてセコいこと言わなくてもさ、あいつ………………壊したっていいよな?」
「え……?」

 凛は放たれた言葉に耳を疑った。聞こえた言葉が、あまりにトンデモナイ一言だったからだ。
 彼は破壊者。すべてを破壊し打倒する者。……だったら、狂戦士相手に打倒できないはずがないのだ。
 もっとも、相手は神域に達する英霊。簡単に勝利を掴むことなど出来はしないだろうが。

「ブレイカー、あんた……」

 白い背中は、彼女にどこか一抹の安心感を抱かせた。
 自然と笑みが浮かぶ。


 いいわ、好きなだけ壊しつくしなさい!!




 …………



 ……



 …




 ――十分に離れたら、令呪を一つ使ってくれ。

 去り際に、彼はそんなことを言っていた。運がいいのか悪いのか、令呪は一つも減らしていない。このような状況になることを見越して、彼自身が私の意向に反さなかったのか、それはもはやわからない。
 令呪を一つ犠牲にしただけで、あのバケモノを倒すことが出来るのだろうか?
 そんな疑問がよぎったが、今の自分はむしろ、彼の言葉に従っておくべきだとわかっていた。
 彼は異界の英雄。この世界には存在しない……つまり第二魔法チックな存在なのだから、一体何をしでかそうとしているのか、まったくといって良いほどわからない。
 今までの彼を見ていた人間としては、今までの力だけではあのバケモノは倒せない。私ですら知らない奥の手が、あるのだろうか?
 士郎とセイバーを引き連れて森を駆け抜ける凛の胸中は、正直穏やかではなかった。


 ●


「……っ!」

 轟音爆音破砕音。聞こえてくるのは破壊のオンパレードとこの世ならざる雄たけびだけだった。
 無骨な、ただ象っただけの巨大な斧剣を振り回し、黒い暴風がブレイカーに襲い掛かる。それを巧みに躱すブレイカーのそれは、まるで弁慶と牛若丸のエピソードを彷彿させた。

「■■■■■■■■■―――――!!!!!」

 しかし、状況はその内容とはまったくの正反対。
 襲い掛かる荒々しく猛る空気が。『彼』が発するその咆哮が。振るうごとに鋭さを増し、その威力を跳ね上がらせる。
 一撃。たった一撃、かすっただけでも致命傷。
 そんな状況であるにも関わらず、ブレイカーは足音軽く舞い踊っていた。

「……っ、バーサーカー! 早くソイツを潰しなさい!」

 痺れを切らしたイリヤが声を上げる。それと同時に、無骨で巨大な斧剣は。

「やば……っ!」

 ブレイカーの小さな身体を捉えていた。
 振るわれる凶刃。その一撃は、躱しきれないと瞬時に悟り、今まで携えていたままだった刀の刃を軌道へ動かす。
 同時に感じる果てない衝撃。その斬撃は、抗いすらも無視してその小さな身体を吹き飛ばした。
 その姿はまるで、斧剣という名のバットとブレイカーというボール。ホームランよろしく打たれたブレイカーは、某野球選手の打球速度である時速120マイルをあっさり超えて、壁に激突する。
 溜まっていた肺の空気を吐き出し、咳き込む。本来ならスプラッタだ。激突して悶絶するだけですむところが魔術師様々といったところだろうか。

「げほっ、ごほっ、ごほぉっ……!」

 べしゃりと吐き出される赤い液体。内臓が損傷したのだろう。喉の奥からは鉄の味。それらは頭上からも顔を伝う。
 やはり、一筋縄ではいかないものだ。相手は神の領域にすら足を踏み入れた知名度も高い最高の英雄。対し、自分は異界における■■■の■■■。
 サーヴァントの強さとは、その知名度に比例する。それだけでも、バーサーカーと自分では実力に雲泥の差が出るはずだった。
 実際、戦闘力だけならバーサーカーには及ばない。いくら刀を巧みに操ろうとも、まるで舞い踊っているかのように襲い掛かる黒を躱そうとも。その実力差は、あまりに大きすぎた。
 しかし。

「ふーっ!、ふーっ……ふー」

 壁にめり込んだ身体を力任せに引き抜いて、床に降り立つ。

「ふー、ふー……ふ……」

 荒げていた息を整え、刀を鞘へと納めた。
 自分に、魔術は使えない。同時に、魔術による攻撃にはめっぽう弱い……それだけなら、彼はキャスターにすら敵わないだろう。
 しかし。

 彼には、それを代償に備わった力があった。

 腰を落とす。

「あら、あきらめちゃったのかしら? ……当然よね、貴方みたいなどこの英雄かもわからないようなサーヴァントに、私のバーサーカーが敵わないわけがないもの」

 階段の上で、イリヤは笑みを浮かべた。
 勝利を確信した、彼を蔑んでいるかのようなそんな笑み。
 そんな表情を遠めに眺めて、ブレイカーは目を閉じた。

「……もういいわ。バーサーカー! そんな男、早くやっつけてしまいなさい!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――――――!!!!!」

 雄たけびを上げ、斧剣を構え、巨体がゆっくりと前進する。
 それだけで感じる、ぴりぴりとした威圧感。
 どすん、どすんという足音は、その距離が遠かろうが近かろうがブレイカーの耳に届く。
 理性を失われているとはいえ、とどめに来るつもりだということは明瞭だった。

「…………」

 しかし、ブレイカーの表情は変わらない。
 頭から血を流し、口の端からも同じように赤が線を作っているにもかかわらず。

「■■■■■■―――!!」

 振り下ろされた歪な剣が頭上からまっすぐ振り下ろされた。轟音と共に床が粉々に粉砕され、砂煙が舞う。
 しかし、そこには。

「……こっちだよ」

 ブレイカーの姿が忽然と消え去り、聞こえた声はバーサーカーの背後。
 それと同時に。

 ズ……ッ!!

 浅黒い地肌に純白の刃を埋め込み、深々と裂傷を走らせた。
 雨のように降り注ぐ黒い血液に触れることなく、ブレイカーは再び鞘へと刀を納める。

 居合い。
 剣を修め、その極地へ至った者だけが習得すること出来るという、達人の技。
 斬れぬものは存在せず、神速で振りぬかれる刃は人間の目には映らぬほど。彼が駆け抜けた戦いの歴史を代表する、彼だけの力である。
 バーサーカーの両足が崩れ、膝をつく。しかし、彼がつけた裂傷は瞬く間に治癒していた。
 しかし実際、深々と斬られて生きていられる人間などいるわけもない。

「……や、やるじゃない。私のバーサーカーを殺すなんて」

 実際、彼は一度死んだのだ。

「でも、それだけじゃ足りないわ」
「そんなこと、言われなくてもわかってるさ」

 殺しても死なない。それが、彼の宝具なのだから。

「■■■■■■■■■■■■――――――――!!!!」

 バーサーカーは何事もなかったかのように立ち上がり、再びの咆哮を上げた。
 十二の試練ゴッドハンド。生前、十二の難行を乗り越えた褒美として神の祝福を受けた不死の呪い。自らの肉体を強靭な鎧とし、十二回までなら殺されても生き返ることが出来る。
 魔術師風に言えば、蘇生魔術の重ねがけ。つまり、本来はたった一つしかない命だが、彼の場合はそれが十二個存在するわけだ。
 そして同時に、同じ攻撃はもはや効かない。そんな出鱈目すぎる身体を、彼は宝具としているのだ。
 それこそが、彼が最強である証とも言えるだろう。

 バーサーカーが居合いによって死に、生き返ったことで、もはや彼に居合いは有効な攻撃ではなくなった。
 攻撃のバリエーションが少なければこれほど厄介な敵はいないだろう。
 実際、ブレイカーの力もバリエーションに乏しいところがある。

 ――なら、どうやって有効打を打ち込めというのだろう。

「ちっ……!!」

 再び斧剣が振るわれる。ブレイカーの目に映るのは、黒い暴風の再来だった。
 暴風は、最初のそれよりも勢いを増していた。避けるだけでは足りなくなっている。しかし、受けてしまえば腕がイカれる。受け流し、かすっただけでも致命傷。
 荒れ狂う斧剣を受け止めるだけで、腕がみしりと悲鳴を上げた。

 しかし、彼はあきらめるという言葉を知らないかのように、地を駆った。
 隙を見つけては懐にもぐりこみ、刀を振るう。それだけでは有効打は得られない。生半可な攻撃では、傷一つ付かない。
 だからこそ彼は毎回、渾身の一撃を叩き込む必要があった。

「っ!」

 針の先ほどしかない暴風の隙を潜り抜け、ブレイカーはもう何度目かもわからない懐へもぐりこむ。
 無論、軽いダメージを犠牲にして。そこまでしなければ、もはや敵にダメージを与えることなど出来ないのだ。そして、ただ闇雲に刀を振り回すだけでは、もはや意味がない。
 たんっ、と音を立てて、ブレイカーはバーサーカーの懐で軽く跳び上がった。高さはちょうど、バーサーカーの顔の正面。

「らあああっ!!!」

 そのままバーサーカーの顔を力の限り押し倒した。気で強化してようやくその巨体を床にめり込ませ、着地と同時に刀を振り上げた。
 しかし、バーサーカーも黙ってはいられない。雄たけびを上げて、自身の大木のような腕を振り上げ、ブレイカーへと繰り出す。しかし、彼はその先までもを見通している。
 振り上げた刀を打ち下ろすことなく、その身体を掻き消したのだ。
 そうなれば、黒く巨大な拳はとまらない。

「■■■■――――ッ!!」

 そのまま、彼の顔面へと振り注いだ。
 相手に理性がないからこそできる芸当といえるだろう。しかも同じ攻撃は有効打にならないから、この作戦もこれ限り。しかしブレイカーはためらいもなく、自らの拳をめりこませたその首に刀を振り下ろしていた。

「バーサーカーっ!?」

 イリヤの表情に焦りが浮かぶ。
 しかし、焦っていたのはブレイカーも同じだった。

「げほっ、がほっ、ごほぉっ!!」

 かすっただけでも致命傷。そんな攻撃の嵐の中を、幾度となく潜り抜けたのだから。
 しかしそれでも立っていられるのは、『戦闘続行』のスキルを持つが故である。大きなの傷を受けてもなお立ち上がり、戦い抜くことが出来る。
 大量の血を吐き出しても。身体中に無数の赤い斑点をつけていても。
 彼は立ち上がり、刀を振るうことが出来るのだ。
 敵の命は十個。こちらの攻撃手段は……あまりに少ない。一度で二度殺しても、なお足りないほど。
 だったら。

「……唯一つ残らせる生の蒼サバイバー!」

 ――何回かをまとめて殺せば、それで片が付く……!!

 彼の宝具をその手に宿した。
 澄み切った空を彷彿させる青い青い篭手。異界において過去の英雄を宿した、攻めと守りの両方を担う篭手。

「来たれ風よ、鋭さ増せ! そして……」

 再生しつつあるバーサーカーへ向けて、その篭手をかざした。
 篭手は淡く明滅し、周囲に風を巻き起こす。そして、その開いた手の先へ集束していく。

「…………貫けぇっ!!」

 ドンッ!!

 巨大な銃で撃たれたかのような乾いた音と共に、立ち上がりつつあるバーサーカーの胸に風穴を開け、その巨体が吹き飛ぶ。
 それでもなお、ブレイカーの猛攻はとまらない。

「沸き上れ水よ、この手に集まれ!」

 どくん。

 血液が逆流を始める。戦いのダメージが積み重なり、傷という傷から噴出した。
 口からもあふれ出る。顎から赤の雫が滴り、ダメージの壮絶さが窺えるだろう。
 しかし、彼の篭手ほうぐは未だ輝きも衰えず、ブレイカーの手に力を与える。

「渦巻け……!」

 さらに発生した水がバーサーカーにまとわりつき、その身を拘束する。

「■■■■■■■■■■■■■■■■――――!!!」

 もがく。しかし、相手は流動体。固体ならまだしも、破壊など出来るはずもない。
 さらに言葉をつむぐ。

「大地よ、我が声に応えよ……!!」

 それは、すべてを貫く大地の咆哮。
 斬り裂かれ、首を飛ばされ、胸を穿たれ、そして。

「穿て……ぇ!!!」

 床を突き破って現れた大地の槍が、バーサーカーの身体中を貫き、蹂躙した。
 彼の宝具『唯一つ残らせる生の蒼サバイバー』は、彼に四大元素の制御権を与える。空間そのものを変質させるような大規模な行為は無理。しかし、唯一人を相手取るなら、その力は最大限にまで発揮される。
 呼び声に応え、その力を余すことなく見せ付けた。

 これで、四度。
 ブレイカーはたったの一人で、バーサーカーの命の三分の一を削り取ったことになる。
 しかし、まだ。これでは終わらない。

「灯れ、炎よ」
「っ….。バーサーカー、何やってるのよ!? 早く立ち上がって、あいつを殺しなさい!!」

 イリヤの令呪が光を放つ。
 彼女の身体中を覆いつくすそれは、理性を失っているバーサーカーを制御する特別製。特別製だからこそ、ぼろぼろになっていたバーサーカーの身体が瞬く間に治癒されていた。

「■■■■■■■■■■■■■■■■―――っ!!」

 立ち上がり、吼え、巨体が奔った。
 ブレイカーの何倍も巨大な身体をものともせず黒い暴風は黒い疾風へと変貌した。疾風だが暴風。それはまさに、隙の“す”の字も存在しない、まさに最強のサーヴァント――!

「地獄の業火を剣に宿せ」

 凶刃が落ちる。
 もはや躱すことすら困難なその一撃は、確実にブレイカーを見舞っていた。轟音といっても過言ではない金属音が耳を貫き、ブレイカーの両腕から血が噴出す。
 今の一撃は、人どころか街そのものをつぶしかねないほどの一撃だった。令呪の魔力で上乗せされたバーサーカーの腕力を止められる存在は、すでにこの世界には存在しないほど。
 無理があったのだ。ブレイカーの細腕では。気で強化し、凛から流れてくる魔力を上乗せしたところで、それは付け焼刃に過ぎなかったのだ。
 しかし。

「我が名はブレイカー……破壊者のサーヴァントなり」

 振りかざしていた純白の刀には真紅の焔が宿り、術者以外のすべてを焼き尽くす煉獄の焔へと成長を遂げる。

「破壊とは、すべてを破り壊すこと」

 刃に宿った焔の熱が、剣を伝ってバーサーカーへ。
 じゅう、という音が聞こえたかと思えば。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!」

 純白の刃に灯っていた焔がバーサーカーへと移り、同時に発火。煉獄の焔が彼の身体を焼き尽くしていた。



 その光景をその目に映して、イリヤは思う。

 このサーヴァントは一体なんなのだ、と。

 サーヴァント、キャスターでもない癖して魔術まがいの術を操り、彼単体の戦闘能力はバーサーカーと拮抗するほど。
 魔術師もどきであり剣士である彼の存在は、魔術師の社会そのものを震撼させるほどの脅威だった。
 彼が生身であったなら、封印指定を受けていたかもしれない。

「五度よ……たった一人に、五回も殺されたのよ。バーサーカー、まさか貴方、手を抜いているんじゃないでしょうね!?」

 そんな事実が夢であると、彼女は思いたかった。
 彼女のサーヴァント、バーサーカーはまごう事なき最強のサーヴァントだ。そんな彼が、無名のサーヴァントに五度も殺されるなど。

「っ――――■■■■■■■■■■■■■■!!!」

 ありえない。絶対にありえない話なのだ。



「ごほっ」

 口に広がる鉄の味。
 もはや、手は使い果たした。最後の一手は未だに条件が揃っておらず、発動は不可能。

「っ!!」

 もはや、あとはただ守り耐えるのみ。
 しかし彼の身体は限界だった。両腕は力なくだらりと垂れ、身体は傷だらけ。両足は立っているだけで精一杯。動きたくても動けない状況。
 今にでも自身の身に降りかかるであろう災厄を思っては、イヤだなぁ、と息を吐き出してみる。
 いくら自分が『壊す者』であろうが、痛いことなど自分からはしたくないというもの。しかしこの身はサーヴァント。選択肢など、最初から存在しないのだ。

「■■■■ッ!!」

 三度目の暴風が、無防備な身体に激突した。

「がは……っ!?」

 吹き飛んでいく小さな身体。もはや、刀を振るうには力が足りなかった。
 ただ、ゆっくりと持ち上げただけ。柄だけは強く強く握り締め、荒れ狂う爆風をその身に受ける。
 壁に激突するのは二度目。今度は身体がめり込むことなく、ゆっくりと床へと落下。痛みに身体を痙攣させた。

「終りね。……バーサーカー、シロウたちを殺したらおしおきだからね」

 イリヤはゆっくりと優雅に階段を下りていく。

 とん、とん、とん。

 バーサーカーは活動を止めたブレイカーを背に、イリヤだけを見つめている。
 最後の一段を降りきって、ゆっくりと歩を進め、バーサーカーの横を通り過ぎる。


 しかし、その歩が止まった。



「……ウソ」



 イリヤの視線の先。赤い目に映っていたのは、全身をどす黒く染めているにもかかわらずしっかりと足をつけ、立ち尽くしていたブレイカーの姿だった。両手はだらりと垂れ下がり、動く気配はない。
 そんな彼からは、信じられないほどの魔力が満ち溢れていた。

「令呪の発動確認……ギリギリだったな、凛」

 この場にいない、己がマスターの名を呼んだ。
 わきあがる力。流れてくる魔力。溢れんばかりの活力。
 傷こそ消えないものの、これなら。

 白い刀が咆哮を上げる。彼の唯一の攻撃の要にして、自信をもって振るうことの出来る絶対の力。
 もう一つの彼の宝具が今、発動の時を迎えていた。

「構えろ、狂戦士――――命のストックは残り、いくつかな」

 ブレイカーが、彼そのものを象徴する武具の真名を告げる。篭手ではない、彼と共に戦場を駆け抜けた本当の宝具。
 四大元素を操っていたのもこの宝具なら、彼が持ちうる、とある世界で最強の殲滅剣技を振るうのも、またこの宝具である。

「ば、バーサーカー!!」
「■■■■―――!!!」

 バーサーカーが再び、その斧剣を振るう。それを。

「はあっ!!」

 蒼い篭手から発生した魔法陣がいとも容易く防いでいた。
 接触面には火花が飛び散り、ぱちりぱちりと音を立てる。
 自身の一撃がただ片手で止められたことに、バーサーカーは目を見開く。それはイリヤも同様だった。

「そ、そんな……っ!?」
「天を穿つ、一子相伝の剣――――」

 イリヤの驚きすら混じった声が響く中、純白の剣が、更なる雄たけびを上げた。
 もはや彼の目には、たった一つのことしか映っていない。今の彼の目的は、この空間を『壊す』ことだけ。
 令呪を一つ消費しなければ使うことの出来ない、聖剣に匹敵する破壊をもたらす破滅の剣技。


 ……もはや、迎え撃つまでもない。


「……天牙穿衝―――!!!!」


 俺はただただ、すべてを壊しつくすだけだ―――!!!



 できあがったのは不可視の刃。長さすら不特定なそれは、ただ一振り……たったの一振りで、城のすべてを崩壊させた。




 ●





 令呪を一つ解放してからというもの、自分たちのいるこの場所ですら危険地帯だった。
 別に、バーサーカーが追いかけてきたわけじゃない。別のサーヴァントが襲い掛かってきたわけでもない。

 すべてを壊す殲滅の牙が、城はおろか周囲の木々までを粉々に粉砕していきやがったのだ。

 あまりのその容赦のなさが、彼を『破壊者』たらしめていると言っても、過言ではないだろう。

「しかし……やりすぎだな」
「さすがは『破壊者ブレイカー』と言ったところでしょうか……」
「す、すごい……っていうかアイツ、こんなもの今までずっと隠してやがったわけね……この私に」

 どーしてやろうかしら?






 帰ってきたとき、果たして彼の命はあるのだろうか?








 ……帰ってくるかも定かじゃないけども。









ってか、小話の域を超えてますよね・・・

ブラウザバックよろしくです。

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