たたずむ少女は、明らかに異質だった。
 ・・・否。少女が、というには語弊がある。
 異質なのは、少女の背後にたたずむ黒い影だった。
 手には無骨な斧剣。
 人としては異常なほどの巨体。
 それだけで、その影が人ではないことを誰もが理解できるだろう。

「――やば。アイツ、桁違いだ」

 そんな凛のつぶやきも、もっともだと思った。
 なんの変哲もない路地にたたずむ、その巨体は。

「・・・サーヴァントと、そのマスターか」

 ブレイカーの言うとおり。
 今回の聖杯戦争における、最大にして最強の『敵』だった。


 ●


 セイバーのマスターになってしまった彼――衛宮士郎は、この戦争を終わらせるために戦うと決めた。
 魔術師としては未熟な彼。戦士としての技術も力もない彼。
 そんな彼が、戦争の中で何よりも難しいであろう選択をした。
 マスターを殺さない・・・犠牲者を出すことなく、この戦争を終結させると。
 それを決めたのは、凛に連れられて訪れた教会でのことだった。

 言峰教会。
 教会の主であり、此度の聖杯戦争の監督者である人物――言峰綺礼に、何も知らない士郎のために聖杯戦争の何たるかを聞きに来たのだ。
 聖杯戦争とは、二百年前からこの冬木の街で繰り返されている大儀式。
 聖杯に選ばれたマスターとなる七人の魔術師が七騎のサーヴァントを従え、あらゆる願いを叶えるという聖杯を手にするために技を競い、殺し合う。
 第一次から数えて五回目。今回は第五次の聖杯戦争となるわけだ。

 それを聞いた士郎は、憤慨した。
 「そんな戦いは、間違っている」と。
 魔術師を――人間を殺すことを・・・殺し合うことを。
 マスターたる魔術師を殺すことがサーヴァントを無力化するための最適な手段だから、という理由で『人』を殺すという行為を、彼は嫌っていた。
 そして、人を平気で殺すような人間の手に聖杯が渡る――それによって起こりうる災厄を鑑みて。
 マスターとして、ではなく、被害者として・・・十年前の大火災の生き残りとして。
 必要だったのは、戦争への参加の意思の有無。

「喜べ少年。君の願いはようやく叶う」

 そんな綺礼の言葉を頭に残して、教会を後にした。
 互いの住まいへの分かれ道で、彼らは遭遇したのだ。


「こんばんはお兄ちゃん。 こうして会うのは二度目だね」


 一人の少女と、一体の怪物に。


 ●


「初めまして、リン。私はイリヤ・・・イリヤスフィール・フォン・アインツベルン、って言えば、わかるかしら?」

 長く艶やかな銀髪を揺らしながら、イリヤと名乗った少女はスカートの裾を摘んでかぶりを垂れる。
 その立ち居振る舞いは年相応の子供のようには見えず、そして。

「これ以上の挨拶はもういいよね」

 にこ、と。
 おもちゃを見つけたような笑みと共に、

「どうせココで死んじゃうんだし」

 子供らしからぬ一言を、四人に告げた。

「シロウ、下がって!」
「凛、君も」

 それぞれのサーヴァントが、己が主を守るために進み出る。
 着ていた黄色の雨合羽を脱ぎ捨てて、セイバーが先行して駆け出した。

「やっちゃえ、バーサーカー!!」

 同時に、イリヤも自身のサーヴァントへと命を下した。
 一足飛びでその間合いをゼロにしたセイバーとバーサーカーは、互いの得物を激突させる。
 金属音の中に轟音が混じる。
 火花と共に風が迸る。

 巨体の正体は、バーサーカー。
 狂戦士のサーヴァントだった。
 無骨な斧剣をまるでおもちゃのように操り、その豪腕をもってセイバーの見えない剣を圧倒する。
 最強であるはずのセイバーが、膝をつく。
 その理由はランサーとの戦いでキズを負った彼女はその癒しもままならないまま、こうして戦っているからだ。

「ちょっとブレイカーッ、あんたも戦いなさいよ!」
「凛。聖杯戦争に勝とうと思うなら、彼女を見捨てるべきだ」
「え・・・っ」

 元いた場所にいたときのブレイカーなら、こうは言わなかったかもしれない。
 しかし、この場所ではその常識は通じない。
 サーヴァントは主を聖杯へと導くために存在するのだから。
 そのために彼は今、こうして何もせず立っているのだ。

「“敵”が勝手にやられようとしてるんだぞ?」

 そう。
 セイバーは“敵”なのだ。
 士郎は殺すべき魔術師で、セイバーはその使い魔サーヴァント
 その常識をそのままあてがうなら、凛はこの場で動くことなく、セイバーが消えて、士郎が殺されるのを待つ。
 その後で、自分たちが戦うなり逃げるなりすればいいのだ。
 しかし。

「今は・・・っ、まだ“敵”じゃない!」

 彼の主はそうは思っていないのだ。
 確かに士郎もセイバーも倒すべき敵なのだが、少なくともまだ敵じゃない。
 そんな凛の一言に。

「・・・そうか」

 意味深に笑みを見せつつ、彼女に背を向けると、武器であり宝具である刀を抜き放った。
 流れてくる魔力を吸い込んで、刀身を光が包み込む。

「・・・で、どうすればいいんだマスター?」

 戦うんだろ?

「アンタ・・・」

 そう。
 ブレイカーは、基本的には戦う気がないわけではないのだ。
 彼の身はサーヴァント。主である魔術師を守るための存在なのだから。
 主に降りかかる災厄は、振り払わねばならない。
 凛は一瞬、軽く笑みを見せると、表情に真剣さを宿して。

「セイバーに加勢しなさい、ブレイカー」

 そう告げた。


 二人が話をしている間も物語は進む。
 バーサーカーが膝をついたセイバーの前に立つ。
 彼女を案じて駆け寄ろうとする士郎を止め、剣を杖代わりに、流れる血をそのままに、ゆっくりと立ち上がる。
 その表情には苦悶が見え隠れしていた。

「勝てるワケないじゃない。あたしのバーサーカーはね、ギリシャ最強の英雄なんだから」
「ギリシャ最強の英雄・・・まさかっ!?」

 ヘラクレス。
 それが、バーサーカーの真名だった。
 十二の難行を乗り越え、神として名を残したギリシャ最高の英雄。
 
 そのバーサーカーが斧剣を振り上げ、セイバーは自身の身の危機を感じて本能的に地面を蹴り出す。
 しかし、今の彼女の持てる最速をもってしても。

「ぐぅ・・・っ!?」

 バーサーカーの斬撃を躱すことが、できなかった。
 胸元に刃が食い込み、鮮血が舞う。

「いいわバーサーカー。ソイツ再生するから、首を跳ねてから殺しなさい」

 そんなイリヤの声と共に、立ち上がったまま動かないセイバーの前で再び斧剣を振り上げた。
 彼女の言葉に、士郎は目を丸める。

 死ぬのか・・・?
 俺を守って、あんなに傷ついて・・・?
 俺は・・・イヤだ。
 イヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダ!!!!!

 気がつけば、士郎は駆け出していた。
 バーサーカーの凶刃が振り下ろされる前にセイバーの元へとたどり着き、壁へと押し出す。

「あのバカっ!!」

 ブレイカーは眉間にしわを寄せ、駆け出した。
 命を受けたとおり、バーサーカーと戦うために。
 そしてその前に、敵の目前へと駆け出した彼を助けるために。

「ッ・・・シロウ!!」

 攻撃の範囲から外へ出たセイバーは、振り返った先での光景に目を丸めた。
 しかし、間に合わなかった。
 鈍い音と共に、アスファルトに叩きつけられていた。

「士郎!」

 目的を倒れた士郎に変え、ブレイカーはその身体を抱き上げる。
 目は見開かれ、どの瞳孔は完全に開ききっている。
 空いた手で、その両目を閉じた。

「ふ、ふんっ! もういい。こんなのつまんない!」

 帰るよ、バーサーカー!!

 しばらくその光景にあっけに取られていたイリヤも興味をなくしたのか彼らに背を向ける。
 振り返ることなく、夜の闇へと消えていった。

「リン、次に会ったときには・・・殺すから」

 そんな言葉を残して。




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