なんというか。 「…………」 『それ』は、異様なほどに場違いだった。 なんの脈絡もなく荒野にたたずむ『それ』は、いわゆるなんの変哲もない鋼鉄製の扉。 …… 扉。 「なんつーか、怪しさ大爆発やね」 3人一列でその扉を見上げている中で、そんな一言を漏らしたのはとりあえず最年少のだった。 扉は重厚で、時折輝く稲妻の光を反射して3人に影を落とす。扉には取っ手が取り付けられ、ぱっと見た感じでは錠前の姿はない。開けようとすれば開けられそうだが、あからさまに開けてくださいといわんばかりの様相を示しているが、逆にそれがこの扉を開けるという行動そのものを止めていた。 「ああ、あれじゃない? 青いたぬきのミラクルな」 「あんな超科学、いつになっても実現しないって。あれは完全にお子様の夢の塊でしょうが」 どことなく嬉しそうに話すアスカで、常に現実を見続けているのが。 目の前の扉を見ての反応は三者三様で。しかしそんな彼らが共通して考えていることがあったりする。 それが何であるかなど、言うまでもないだろう。 「まあ、でもさ。今の俺たちに必要なのは『情報』だもんな。ここ、開ければもしかしたら、なにかしらわかるかも」 と、取っ手に手をかけたのは最年長のだった。 表も裏もあったもんじゃない。建物もなにもないし、ただ無意味に扉だけが鎮座しているだけ。しかし、3人はその扉が扉としての機能を果たしていないとは思わない。 開けるよ、と一声かけた上で。 「よっ……と」 怪しいことこの上ない扉を、押し開いた。 …… 扉の先に広がっていたのは、今までと同じ荒野ではなかった。 というか、そもそもなんでこんな場所につながるんだよ、なんて思うほどに、素っ頓狂な場所に3人はたどり着いていた。 「あ゛〜っ、いいフレーズが思いつかないじゃないか!」 正面の背中から聞こえる声。 たった一つの人影の周囲は、とにかく生活感に溢れまくっていた。洗面台にはコップと歯ブラシ。狭いキッチンには面倒くさがって水に浸してあるだけの山のように食器が積み上げられて、なんともだらしがない。 小さなテーブルはもはや空いているスペースなどあったもんじゃなくて、電気式のヒーターの上では水でいっぱいのやかんが蒸気を吹き上げさせたまま放置状態。 声の主は、放心している3人の真正面で彼らに背中を見せている。 頭に白いタオルを巻きつけて、ぐるぐるメガネにはんてんという引きこもりスタイルで、 「ぎゃお〜〜〜っ!? ふっ、フリーズしたあぁぁぁっ!!!」 保存忘れてるしーっ!!!!! ぴかぴかと光るディスプレイを前に、たまったイライラが大爆発を起こして雄叫びを上げていた。 「あ、あの……」 「くおお、俺の1日を返せええええっ!!」 ばんっ ばぁんっ ばぁぁぁんっ!! 眼前のキーボードの上から両手を力いっぱい振り下ろして叩きつけている。黒いワイヤレスのキーボードがよく壊れないな、とキーボードの健闘を称えたいと思うが。 「ああっ、キーが外れて……っ」 あまりの衝撃で、やはりというべきか。 キーボードは無残な姿で殉職したのだった。 もちろん、そんな現実にショックを受けるのは加害者にして被害者の人影だった。 言うまでもなく、自業自得といえばそこまでの話。 バラけたキーボードのキーを拾い集めながら、人影は。 「に、神楽坂アスカ。それから……だね。まったく、ただでさえ時間がないんだから、もう少し空気読めよな」 来るなら私が暇なときに来るように。 自分勝手もなんのその。 人影はキーを全部拾い集めてゴミ箱へ投げ入れると、 「まあ、茶でも飲み」 どこからか緑茶の注がれた湯飲みを差し出した。 「あの、貴方はなんで僕たちの名前を」 「すまんね。つい今しがた、愛用の出デスクトップPCがフリーズしやがってさ。……今週の『更新』はナシ」 なにを言っているのかわからない。 質問を投じたアスカはもちろんのこと、もも。デスクトップパソコンの存在は認知していても、発された『更新』という単語の意味を知っていても。 それでも、放たれた言葉の意味がわからない。 ……無理もない。 「君たちの名前くらい知ってて当然。事情も、素性も、全部知ってるよ」 「はぁ?」 すべては、目の前の存在を中心に世界が回っているのだから。 「まあ、私のことは『作者』とでも呼んでくれればいいよ……」 あたり一面荒野だったあの世界『the sixteenth moon』の創造主にして、目の前の3人の本当の意味での生みの親。そんな存在をなんと呼ぶか。 世界にとって絶対にして不変の存在。 人はそれを…… 「なにせ、君たちというその存在を生んだのは、私なのだから」 神様と、そう呼んだ。 の物語のすべてが。 神楽坂アスカの物語の様々な情報が。 の物語の今後の運命が。 背後で絶賛フリーズ中のデスクトップPCに、色褪せることなく詰まっているのだ。 「というわけで」 「どういうわけだよ」 間髪入れずに突っ込みを入れたのはだった。 そもそも、何のために呼ばれたかすらわかっていない。 作者は彼らの一番知りたいことを口にしていないのだから。 結局 「この世界の主人公ともいえる3人をここに呼んだわけですよ」 「いやだからなんで」 「大変だったよ。まず世界そのものを構築して、デバッグルーム……まあここのことだけど、ここと世界をリンクさせてさ」 「話し聞けって」 「タグの挿入は楽勝だったんだけどねえ。途中でリンク先がわけわからなくなったりサーバが落っこちたり、リアルが無駄に忙しくて作業できなかったりとかあったりしてさ」 ここまでこぎつけるのがやっとだったよ、といってかんらかんらと作者は笑って見せた。作者いわく、表の荒野とか曇天は、とにかく死ぬ気で構築していた結果。 ソースをとにかく、殴り書いていたわけだ。整理されていないソースの影響で、こんな曇天と荒野。 もししっかりインデントされていたならば、晴天&草原になったはずなんだけどね、HAHAHA。 なんて、付け加えるように作者は言っていた。 そして、無視され続けて発狂したのはで。 「くぬやろーが! くぬやろーが!!! 無視すんなっ!!」 腰にぶら下げていたグリーンのキーホルダーを手に、般若の形相を見せる。 無視され続けていたことももちろんある。そして、もし目の前の存在が自分たちの『物語』のすべてが 「もっと俺に楽させてくれよぉっ!!」 本編での自分の扱いの不満をぶつけたところで、問題は一切ないはずなのだ。 たとえば、自分の設定や本編での行動が性格とマッチしていないこととか。 もっと楽させてくれたっていいじゃないか。 もっとまったりさせてくれたっていいじゃないか。 面倒ごとなんか、他のキャラクターにまわしたっていいじゃないか。 「真面目ちゃんなのはクロノ君だけでじゅうぶんだっつーの!!」 『Crisis form Set……』 「こらーっ、そこ! ネタバレすな―――ッ!! しかも時系列的におかしいし!」 『No problem』 アストライア、クライマックス上等。 「どぅりゃああっ!!」 アストライアが作者を襲う。 神速の剣速をもって襲い掛かる刃は曇りなく煌き、一直線に作者の脳天へと向かっていく。 咄嗟のことで、アスカもも、まったく動くこともできないまま起こった修羅場だったが。 一瞬、慌てふためく作者の表情は消えて、 「アストライア、セットアップ」 『Yes, Grand master!!』 「なんとぉっ!?」 そんな一言と共に、その手にはのそれとまったく同じ、アストライアが握られていた。 グリーンの刀身のブレイドフォーム。複製でもなければ贋作でもなく、まぎれもない本物。足元に展開するベルカ式魔法陣に宿る魔力光すらものそれと酷似している。 作者が『』と呼ばれる個体を創造した存在であるとするならば、アストライアが複数あり、かつ作者がそのアストライアを使っていることにも説明がつく。……要は、この世界での作者は何でもありな存在というわけだ。 「やー、その言葉を待ってたんだよくん!」 「はああァァァ!?」 ここはデバッグルーム。本編では語られないエピソードや、ボツになった設定など、ありとあらゆる裏情報が埋もれている場所。作者が彼らをここに呼んだ理由は、日ごろ感じている不満を、本編での不満を大暴露してもらおうと思ったわけだ。 「本編が設置されてから丸4年。君たちの物語を多くの人たちが読んでくれた」 そんな節目を迎えたからこそ、作者は3人をこの場所へ召喚したのだ。 いわゆる『神様特権』を使って。 「日ごろの、不安?」 物語に対する不満なんて、呟いたアスカやも考えたことすらなかった。 仲間や敵、勃発する一連の事件はみな起こるべくして起こったのだと認識していることもある。だからこそ、何を言うべきか……何をもって不満とすればいいのか、まったくわからなかった。 「そんなに、難しく考えなくてもいいんだって。どんな些細な事だっていいのさ、くんみたいにね」 もっと楽させろとか、もっとまったりだらだらさせろとか、面倒ごとは押し付けてしまえとか。 「そうすると……ああ、俺よく“枯れてる”とかって言われるんだが」 「僕、男なのになんで女子中通ってるのさ? なんで舞 もっとも、聞くだけ聞いてレスポンスはいっさいなかったりするのだけれど。 彼らのキャラクター設定についてはもともと、作者が考えに考え抜いて決められたもの。それに基づいた上で、物語の進行上の影響で後付けされたり。もはや、変更のしようがないのが現実で。 もともとは別の設定もあったのだ。それは性格が違っていたり、容姿が違っていたり、年齢が違っていたりと様々ある。それらを良しとしなかったのは、それぞれに理由があったからなのだ。 たとえば、他の連載でキャラクターがかぶって面白くないとか、先を見据えて立場を考えた上での決定だったり、作者の構築した『世界』が“恋愛要素”を排除してしまっているとか。 まあ色々と様々だ。 しかし、出てくる不満が多くなればなるほど、今度は作者の頭がパンクするわけで。 「あ゛ぁ〜〜〜〜っ」 まったく、自分から話を仕掛けておいて頭から煙りだしていては本末転倒。 どうせ仕様変更などしようもないわけだし、右から左へ聞き流せばいいんじゃないかなー、とか思うわけだが。 もともと、執筆にずいぶんと時間をかけていた上に愛用していたPCがフリーズ。保存し忘れていたことがあだになって1日を無駄にした作者の沸点は、いつにも増して低くなっていて。 「ぎゃおーっ!! うるせぇーっ!!!」 とびかう言葉の槍の全部が自分自身に向かっていれば、キレ手しまうのは仕方のないことだった。 真っ赤な顔に血走った目で咆哮を上げてみれば、驚くのは不満という名の弾丸を口という銃に乗せて連射し続けていた3人で。 「私は作者だ。私に逆らうことがどういう意味か、わかってるんだろうなぁ――ッ!?!?」 ついさっきと正反対の上に理不尽大爆発な作者を眼前に、連射されていた 目の前で今にも暴れそうなくらいに脳を沸騰させている作者は、ある意味では彼らの生みの親。しかも今いるこの場所は作者のホームグラウンド。作者の抱いた妄想が体現する世界だ。 だからこそ、その手に握られたペンと消しゴムは。 「みんな、消えてしまえェ―――ッ!!」 時に、最大の武器となるのだ。 作者は怒り狂ったかのように、中空にペンを走らせる。ペン先からにじむのは黒い線で、それは徐々に文字へと形作られていく。それは妄想だ。作者が今まで、1つの物語として描いてきた膨大な情報の一部分。所狭しと欠かれた情報は、うねり、周囲の文字たちを扇動し、1つの形へと成り立たせる。 それは―――。 「さ、さすが……『作者』というべきか」 は軽く呆れたような声で、しかし呆れて乾いた笑みを見せて、 「微妙にネタバレも含まれてるような気もしますけどね……ほら、アストライアの今後とか」 『見たくありません』 「目なんかないくせによく言うよ」 『………』 それは順応性が高いということにしてもいいのだろうか、といわんばかりに目の前の状況に対して反応を見せないとアストライア。 ……1人と1機のやり取りがどことなくライトな漫才に見えるのは気のせいだろうか。 と、そんな2人と1機よりも、大変な人間がいた。 「むきぃぃぃっ!!」 アスカだ。 彼らの前に立ちはだかったのは、文字という情報で埋め尽くされた己の影。もも、そしてアストライアの輪郭すら、文字という情報で成立している。 それはもちろん、アスカも同じ……だったのだが。 「なんで僕の情報だけ、『女装』ばっかりなのさぁーっ!!」 と、彼の言うとおり輪郭も、内部の情報すらすべて、『女装』の2文字の羅列で埋め尽くされていたのだ。 他にも色々、彼の情報はあるはずなのだが。 それ以上に納得いかないのは、その2文字だけで成り立っているアスカの影は、しっかりアスカの姿をかたどっていたことだ。姿だけならまだいい。それどころか、手に持っているアーティファクトさえ、その2文字だけで構成されているというのは、いかがなものかと。 「アデアットぉぉぉっ!!」 1枚のカードが光を帯び、一振りの大剣を形作る。様々な自然現象を味方につけるアーティファクト『万象の剣』のオリジナルだ。影の持っている文字だけのそれとは、間違いなく似て非なるもの……いや、むしろ影のそれはニセモノと言ってもいいくらいものだ。 と、そう思っていたのだが。 「くははは! お前たちに私の偉大さを教えてやろう!!」 3つ影が、一斉に床を蹴りだした。 ただでさえ狭いデバッグルームで勃発する乱闘騒ぎ。どたんばたんと地鳴りやら剣音やら魔力爆発やらは色々起こるもんだから、 「うっせぇぞ隣の! 迷惑なんだよ!!」 突如響き渡った怒声が、デバッグルームに響き渡った。 このデバッグルームは、見てくれは普通のワンルーム。そして…… その実体も普通のワンルームだったのだ。 つまり、お隣さんもいれば階下にも住んでいる人がいるわけで、そんな状況でどすんばたんしていればまあ、怒られるのは無理もないことだった。 しかし。 「るっせーよ! じゃまだっつーの! 口はさむんじゃねええええ!!!」 作者は、荒れまくっていた。 再起動したPCの前に乱暴に座り込むと、慣れた手つきでキーボードを叩き始める。 3人は今、現実に飛び出してきた状況なのだ。つまり、彼らの情報を書き換えれば、面倒なことにならないですむわけで。 「それっ、ちっさくなれ!!」 3人と3人は、小さくなった。 共にデータに過ぎないその身体を、作者はちょっとPCを叩いただけでミニマムサイズにしてしまったわけだ。 「なっ、なんだ!? 作者さんがおっきくなった!?」 「違うぞ! よく見ろ……俺たちが小さくなったんだ」 「うわあっ、ちょっと2人とも、そんな悠長に話してる暇ないって!?」 そう。アスカの言うとおり、話をしている暇なんか一切ないのだ。 相手は作者が作り出した自分の影。物言わぬ彼らがただ、 とは互いに顔を見合わせて、己の相棒を手にする。は純白の刀を鞘から抜き放ち、はすでに起動しっぱなしだったアストライアを構えなおした。 … 「さて、と」 作者は1人、ミニマムサイズの戦場を背にPCの画面と向き直る。 マウスを操作して起動したアプリケーションは、『HPB11』……彼の愛用しているホームページ作成ソフトだった。さらに起動したのは真っ白なテキストツール。ディスプレイ脇に置きっぱなしにしてある紙数枚を見やすいようにクリップで挟むと、キーボードを叩き始めた。 軽快なキーボードを叩く音が作者の耳に届く。 まっさらなテキストに書かれたSSのタイトルは――― "十六夜の月" 4周年記念&100万Hit記念SS 後編 『出会いの先で、ぼくたちは――』 嘘のように強い。 それは、オリジナルである3人が刃を合わせて最初に抱いた感想だった。相手はただの文字の集合体。そんなモノが、どうしてここまでの強さを手にすることができたのだろうか。そんな疑問に対する答えは、実に明快なものだった。 オリジナルである3人を描いたのは、目の前の3つの影を作り出した人物と同一だったから。 彼らをよく知っているからこそ、同等の強さの『影』を作ることができるのだ。 身体をミニマムサイズにしてしまったことを含めて、その行為はまさに神の所業といっても過言ではない。 今までずっと『仮に』考えていた作者の創造主説。 それが今、紛れもない現実として自分たちに襲い掛かっていた。 「アストライア、エネミーサーチは!?」 『Already completed(すでに完了しています)』 そんなアストライアの声に、は感嘆の声を漏らした。相手の力は未知。だからこそ、詳しく操作する必要があるとは踏んだ。それは相棒であるアストライアも同じで、同じだからこそに言われるまでもなく敵の調査を始めたわけだ。 しかし、得られた答えは明快そのもの。 「That enemy is……You(あの敵は……あなたです)」 だからこそ、アストライアは少しの間言葉を濁した。見た目だけならそうと認めることはできない。しかし、調べてみれば見るほどに、同じであると認めざるを得ないのだ。 魔力も、思考も、戦闘のスタイルも。そして、『自分』の使い方も。 そんなアストライアの答えに、は何も言わず、目の前の『敵』を見据えた。 本能が伝えていた。『彼』は『俺』なのだと。だからこそ、戦うのが怖い。刃を合わせるのが怖い。負けてしまうのがとても怖い。 しかし、こんな真面目さんはクロノだけで十分なのだ。 面倒なことは全部あとまわし。 とにかく今は自分の命を守る事だけを考えよう。 そう決めた。 「なにさ、勝手に逆ギレしてくれちゃってさ」 アスカは不貞腐れていた。 それが誰に対するものであるかなど、言うまでもないだろう。 自分の本編での扱いも含めて、話せと言ったのは作者自身だというのに。にもかかわらず、不満が多すぎて対処しきれなくなったと思ったら今度は逆ギレ。グローバルに活躍する『白き舞姫』としては、もう少し大人な対応をして欲しかったなあ、とか思ってみたりもする。 「とにかく、今の僕はムシの居所が悪いんだ。だから……」 眼前で大剣を振りかざす己の影を見据えて、言う。 アレがどれだけ強かろうと、自分にどれだけ立ちはだかろうと、やることはたったの1つだけ。 「五体満足で生き残れるなんて、考えちゃダメだからね」 赤い瞳が、まるで飢えた獣のようにギラついた。 純白の刀身が彼の魔力に反応して光を帯びる。あふれる魔力がは爆ぜる。 主の補助はない。しかし、それは相手も同じなのだ。ただ、今のアスカは少しばかり落ち着けていないだけ。 「炎よ、風よ……絡み合え」 落ち着けていないからこそ、何を壊そうが壁を撃ち抜こうが何に怪我をさせようが……気にしない。 「 具現する雷の剣。アスカが先に力を発言すると、今度はアスカの影がその手の大剣を水平に構えていた。 何も言わず、表情もわからず。しかし、その手の大剣はアスカのそれと同じように爆ぜ返り、 「っ、……ふぬーっ!」 発現した別の雷剣を視界に納めて、大規模な斬撃合戦が繰り広げられた。 「…………」 渾身の力が篭った刃が、ぶつかり合う。 はただ、無言でその手の剣を振るっていた。汗はなく、疲労もない。ただあるのは、自分が何でこんな所で戦っているんだろうかという疑問だけ。 彼はそもそも、無駄な争いを好まない。必要にかられて刃を合わせた記憶こそあれ、相手やその場の雰囲気に流されて戦わされた記憶こそあれ、自分から戦いに行こうとするほどの戦闘好き、というわけでもない。 正直、こんな狭い場所では剣を交えられないからとタカをくくっていたのが、そもそも間違いだったのだ。 「……勘弁してくれって、ホント」 自分の影は、確かに自分だった。 愛刀の長さも、刃渡りも、容姿も。そして戦い方も。何もかもが、のそれと酷すぎるくらいによく似ていた。 だからこそ、上手く立ち回れるというのはなんとも皮肉な話だ。 なにせ、戦いの中での自分のクセを知っているから、そこを突けば難なく場を納めることができるのだから。 「……よっと」 突き出された剣先を身体ごとをずらすことで躱すと、目の前の影の手首に手刀を落とす。 鈍い音と共に影は剣を取り落とす……はずだった。 「!? ……うあっ」 に向けて振るわれる腕。その手には、取り落としたはずだった刀が握られていた。 作者は、影を形成する情報として、刀と身体を一緒くたにしていたのだ。つまり、影の身体を形成する情報と、刀を形成する情報の両方を、1つのプログラムにしたようなもの。ようは、いくら刀を叩き落そうとしたところで、その2つはくっついているから意味はないということだ。 「な、なんつー手抜き……」 姿かたちはもちろんのこと、『人』と『モノ』が一緒くたとは。 確かに、モノをつくるというのはその規模に比例して人手もコストもかかるもの。この影を作るというものは、制作期間(1分くらい)を考えると、このくらいが関の山か。 手抜きのようで手抜きじゃない、といったところか。 「うっ、うかつ!?」 影が振るった腕ごと掴んで、その衝撃を吸収しきれずの身体ごと振り回される。遠心力で脳を揺らぶられ、ぐるんと一回転する感覚。 腕力に物を言わせた影が、しがみついているの体重を意にも介さず振り回す。 もちろん、一回転では終わらず二回転、三回転と激しく揺れ動き、しがみつていた腕から力が抜けて。 「あぐ……っ」 壁になっていたベッドの引き出しに身体が叩きつけられ、肺から空気の塊が吐き出された。 「ふむーん……」 ディスプレイを前に、作者は軽くうなる。 白いテキストアプリに打ち込まれているのは、文字コードShiftJISで羅列された2バイト文字。 背後で繰り広げられている3対3の戦闘を題材に、突如燃え上がった妄想を一心不乱に吐き出しているのだ。そのおかげでかどうかは定かではないが、背後で戦闘が繰り広げられている間のたったの十数分で、1作分の話を書き上げてしまったのだ。 数度読み返して誤字脱字のチェック。 話はこんな感じだ。 何者かによって、物語の主人公たちは突然、妙な世界に召喚される。 今まで執筆してきた主人公たちが一堂に会し、その世界にはびこるモンスターや、『神』によって創られた自分の影と壮絶な戦いを繰り広げる。 実は、彼らを召喚したのは『神』自身で、悪の心に目覚めてしまった己の裏の人格を案じたもう1人の神が、それぞれの世界で活躍している英雄たちを喚んだのだ。 いわゆる、『お仕置き』をして欲しい、というような感じで。 作者は満足のいった作品が書けたのか、満足げに鼻から大きく息を吐き出した。 肩の荷が下りたかのようにぐぐぅーっ、と大きく身体を伸ばすと、 「や〜、君らのおかげでいい作品が書けたよ……と。フォントサイズ0、と」 かちかち、っとキーを叩いて3人の大きさを元に戻すと。 「……あれ?」 そこには、肩をぴくぴく震わせた3人の姿があった。 突然戦っていた3つの影が消えて、聞こえたのは満足げな作者の声。『いい作品が書けたよ』という言葉で、自分たちが利用されたことを知ったわけだ。 ……無駄にあおられて、怒らない人がいないはずがあろうか。 「あれれ? もしかして私、墓穴掘った?」 ありえない。 「「「天誅―――っ!!!」」」 デバッグルームは、周りの方々を巻き込んで、大爆発を引き起こしていた―――。 「まったく、人騒がせなヤツだったねえ」 デバッグルームを出て、もとの荒野に戻ってきて。 最初に呟いたのはだった。 まったくもって、はた迷惑な話だ。聞いてみれば、執筆のネタが尽きてて何か刺激が欲しかった、とのこと。 だからこそ、作者としての特権を利用してデバッグルームを作ってみたわけだが、それならいっそ、各物語の主人公たちを呼んでしまおうという名案を思いついたらしい。 結局、その目論見は的中。イメージは浮かびまくりで死にかけていた妄想が息を吹き返し、あっという間に1作書きあがった。 更新は絶望的かと思われたが、まさかここまで効果があるとは思わなかった。 というのが、自称『作者』の最後の言葉だった。 しかし実際、自称でも作者らしく、3人の身体をまるで魔法みたいに縮めてみたりして見せるところが驚きだった。本気で戦おうと思えばおそらく、今回と同じように身体を縮められて踏み潰されて終わりだっただろう。 そんなことをおもったら、3人はぶるりと肩を震わせた。 「ともあれ、あの作者は『もう少ししたらそれぞれの世界に還れる』って言ってたよね」 「ああ、あの部屋ぶっ壊して還れなくなったらどうしようかと思った」 「……なんか、無駄に疲れたな」 作者の言っていたことを確認した結果、なんでも3人の召喚には時間制限があったらしい。 なんでも、デバッグルームを作るにあたって、レンタルサーバの使用期限があと少ししかなかったらしく、特定の時間が来たところで自動でバックアップを取るようにスクリプトを組んでいたとの事。 話の内容は実際よくわからなかったが、結果的には純粋な時間経過でもとの世界に還れるという話で、つまりはあの『扉』を開かなくても、最終的には還れたという事実になぜかショックを受けたりもしたりして。 「まあ、こうして出会えただけでも僕はよかったなって思うよ」 「……俺、面倒なだけだと思うけど」 アスカの感想を捉えたあとのの否定の言葉はどうにも彼らしいものでなんとも憎めないものだったが、 「とにかく、貴重な体験だったっていうのは確かだな。それぞれ違う世界の住人がこうして顔をあわせるなんて、普通はできないだろ?」 最年長であるの大人なまとめが功を奏して、ケンカにはならずにすんでいた。 などと話が弾んでいたところで、3人の身体を光が包む。 それぞれの世界へと帰還する、前兆ともいえる光。 この光がそれぞれの世界への道しるべになることは、3人が3人とも、本能的に理解できた。 「なんかいろいろあったけどさ。楽しかったよ僕。でも……」 神楽坂アスカは、とある世界の学園都市へ。 「還ったら、まずは思いっきり寝ようかな。仕事なんかどーでもいいや。でもさ……」 は、魔法が科学として成り立っている世界の、とある部隊へ。 「今回見たいな事はこれっきりにして欲しいな、ほんとに。でも……」 は、召喚術で成り立つ世界の……自分の居場所へ。 「「「また機会があったら、会えたらいいな」」」 結局、この出会いはきっと、無駄ではなかったのだろうと思う。 3人の言葉が重なると同時に、3人はそれぞれの世界へと帰還を果たす。 ――でも、きっとどこかで ――もしももう一度、君たちに会えるなら ――たった一言、伝えたい…… “ありがとう” |
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