――次は、お前のすべてをかけてきな。そうでなきゃ……死ぬぜ?


 虚勢でもハッタリでもなく、その絶対の実力差を表情に宿して、彼は夜の闇へと消えていった。
 リリィとカエデ。“破滅”の民やモンスターと対峙して生き抜いてきた彼女たちを、あの男は一撃で倒して見せた。
 書の精霊であるリコとの契約がなくなった代わりに神に等しい破壊の力を手にした大河だが、それはあくまでトレイターが真に覚醒したときの力。
 あの場では、むしろあそこで彼が退いてくれたのがまさに僥倖と言えた。

「……学園長、リリィとカエデは?」
「衰弱していますが、命に別状はありません」

 ところ変わって、ここはフローリア学園は学園長室。
 義娘が死に掛けているというのに、義母として側についていたいはずなのに。
 学園長――ミュリエルはそんな表情を見せることなく、机上に振舞っていた。
 彼女はこのフローリア学園の学園長で、今のバーンフリート王家に必要不可欠な人材なのだと、彼女自身理解していたから。
 しかしながら、それら以前に1人の母親。子を心配しない親がどこにいるだろう。
 はやる気持ちが大量の汗となって、頬を伝っていた。

 実際、すでに虫の息になっていたリリィを見た時の彼女といったら、それはもう今までに見たことのないくらいのうろたえようだった。
 必死になって彼女の名を呼びかけて、その手を強く握り締めていた。
 それからぴったり1日。今は峠を越したとのことで、ほっと一安心、と言ったところだろう。
 リリィも、そしてカエデも今は保健室で深い眠りについている。

「しかし、リリィとカエデさん……あの2人がたった一撃で……」

 綿の利いたふかふかなイスに腰掛けて、ミュリエルは頬杖をついていた。
 険しい表情で戻ってきた大河とリコを刺すような視線で見回して、深く息を吐き出し目を閉じる。
 “破滅”のモンスターたちを相手に一歩も退くことなく戦い抜いてきた2人がいともたやすく屠られたことに、そして神をも打倒した大河が遅れをとった。
 そんな事実に、一同は驚きを感じ得ない。

「人を細切れにしてしまうほどの技量、魔術を掻き消す小太刀……そして“破滅”、ですか……」

 その名前に眉をひそめて、ミュリエルは忌々しげに呟く。
 彼女にとって破滅は二度も経験し、その都度悲しい思いをしてきた。だからこそ二度と経験したくない現象。
 大河が神を倒して帰還し二度と来ないとわかった途端、肩に圧し掛かっていた重荷が消え去ったような感覚に駆られたりもした。

「アイツは、神とはまったく無関係だ……自分でそう言ってたからな」
「……そういえば」

 リコが大河の一言にうなずいた。
 傷ついたリリィとカエデを学園へ戻した後、相対した2人は聞いた。

 ――この世界に神はいない。いや……いなくなってよかったんだろうな。

 自ら“破滅”の根源ともいえる神を否定したのだから。

「それでも破滅は破滅。俺たちの『敵』だ」

 そんな一言を告げた大河は険しい表情をそのままに未亜へと向き直る。

「未亜、ジャスティを貸してくれ」
「え、でも……」
「今度は俺1人でいい。アイツは俺が……やらなきゃいけないんだ」

 今までにない真剣な表情。
 それはもう、破滅を相手にしているときのような。
 ……否。相手は“破滅”なのだ。
 しかしそれならば、今も無事なベリオや未亜やリコ、イムニティも共に戦えばいい。
 それをしないのは大河が『彼』の危険性を重んじているからだ。
 人をいともたやすく惨殺し、リリィやカエデですら太刀打ちできないほどの相手。
 そんな相手に、彼は1人で立ち向かおうというのだから、本来なら行かせるべきではないのかもしれない。
 でも。

「大河君……」

 彼の横顔を目の当たりにして、口を出すことすらはばかられた。
 破滅は倒さねばならない。
 でもそんな思いの他に、彼を突き動かしているなにかが存在しているかのように、見えたから。

「お待ちなさい、大河君」

 半ば奪い取るような形で未亜からジャスティを受け取った大河は踵を返すように扉に手をかける。
 そんな時、彼に声をかけたのはミュリエルだった。
 開け放った扉をそのままに、首だけを捻って彼女を視界に納める。
 突き刺さるようなミュリエルの視線に困ったのか、軽く苦笑。

「大丈夫ですって。これは、俺にしかできないことだから……いや」

 視線を扉の先へ。身体を学園長室の外へと身を投げ出して。

「俺以外のヤツに、アイツの相手をしちゃいけないんだ」

 そう告げて、扉を閉じた。


 ●


「悪いな。トレイター、ジャスティ。俺のワガママに付き合ってくれ」

 時は流れ、夜。示し合わせたかのように現れた赤い月。
 “破滅”が現れることの目印。
 大河の呼びかけに呼応するかのように輝きを放つのは2つの武具だった。
 金色の輝きを放つ2つは重なるように1つになる。
 共に神を屠ったパートナーとしての真の姿を現した。

『我が主よ……言うまでもない』
『この世界のすべてが、貴方と共にある。貴方の意思が、私たちの意志です』

 一振りの大剣となったその神々しい姿は、破滅を穿つ希望の光。
 ……歩く足が止まる。

 ――行け、救世主……。

 声が聞こえたような気がした。
 行け、と。自分が思う通りに、前に進めと。
 以前も聞いた、親友の言葉が。
 そして同時に。

「よお、意外と早かったな」

 1つのシルエットが、音もなく浮かび上がった。
 見慣れぬ服装――大河がいた世界でいうところの白いジャケットを羽織り、その内側に黒のシャツ。
 デニムのジーンズに、腰元でクロスして取り付けられた茶褐色のポーチ。
 右手に刀、左手に小太刀。
 そして、背後の月と同じ真紅の瞳。

「俺はこう見えて『早い! 安い! よりどりみどり!』がモットーなんだぜ? スゲーだろ」
「…………?」

 シルエット――破滅は軽く首をかしげる。
 その後でどうでもいいやとばかりに大河を見据えた。
 正確には彼ではなく、その手に握られている一振りの大剣に。

「へぇ、ちゃんと俺の言葉を聞いてたみたいだな」
「るせ。てめえは俺が倒さにゃならねんだ。本気になんのは当たり前ってモンだろ」

 そんな大河の一言に彼は「それもそうだ」と言わんばかりに笑った。
 刀は乾ききった血がどす黒く染まり、純白だったであろうその刀身はもはや見る影もない。
 代わりに、逆の手に持つ小太刀が真紅の焔を立ち上らせていた。

「……さぁ、殺しあおう。どちらが正しいか、証明するために――」
「正しい、正しくないはどうでもいい。俺は、俺の思いのために戦うだけだ」

 大剣を正眼に構えた。
 解放するは今。神の如き破壊の力を……

「じゃ、行くぜ!!」
「来いよ、クソ野郎!!」

 見せつける時だ。


 破滅は一足飛びで距離をゼロに、大河はその場でトレイターを振り上げる。
 低い大勢から振り上げた刀を迎え撃つために、彼はトレイターの柄を握り締めた。
 ぶつかり合う刃と刃。
 耳を引き裂くような金属音と共に巻き起こる烈風。
 火花を散らす2人の青年を中心に、抉り取られるように地面に亀裂が走り抜けた。

「「らあぁぁぁっ!!」」

 まるで街中に爆弾でも投下したかのような衝撃と共に、同時に2人は背後へ吹き飛び、壁に背中を打ちつける。
 その壁には見事な人型を作り出し、力任せにその人型から脱出せんともがく。びき、という音と一緒に腕が、足が、そして身体が壁から出て、今度は同時に宙へと跳び上がった。
 振り下ろされる剣刃と突き出される切っ先。そのそれぞれが高速の軌跡を描き、衝突。
 そのたびに大気が震え、風が逆巻き、地面を揺らす。
 まさに天変地異。まさに神業。
 2人はぶつかり合ったその時から、人としての自分を超越していた。

「らららららっ!!」
「おおおおおっ!!」

 空中でその手を動かし、連続して刃を合わせる。ゆっくりと落下しているにもかかわらず、その手は止まらない。
 金属音が響き渡り、地面にぶつかる瞬間に2人は身体を捻って何事もなく着地し、さらにその刃を打ち合わせた。
 一際甲高い音が響く。2人が乱打を終えて、力比べに入ったのだ。
 ぎちぎちと鈍い音を鳴らす2つの刃。それを合わせている両者ともに珠のような汗を流し、目前にある死を肌で感じていた。

「ちったあやるようになったじゃねえか」

 つぶやくように言う破滅を挑発するかのように笑ってみせると、柄を握った手に力を込めた。その力に押されて破滅は背後へ吹き飛ぶが、両足を地面に擦らせて勢いを弱めて、停止すると同時に地面を蹴りだした。
 再びぶつかり合う刃と刃。しかし破滅の手にはもう一振りの刃がある。
 今まで使用していなかったのは小手調べ、だったのか。この一撃から破滅による猛攻が始まった。
 刀と小太刀を使った手数で押し切る戦闘スタイル。しかもその一撃一撃が片手から繰り出されているとは思えないほどに重たく、強い。その上、落ちない速度に翻弄され、防御するだけで手一杯になりつつあった。

「ちっ」

 襲い掛かる刃を受け止め流し、躱す。
 問題なのは手数なのだ。二振りの剣をどうにか捌ききらなければ、自分に未来はない。
 その時点で自分の死は確定だ。
 迫り来る剣戟を捌きながら、大河は目の前の青年を見る。
 ……なんて、楽しそうに戦っているのだろう。
 そんな思いを抱かせるほどに、彼は笑っていた。
 戦いなど、楽しんでやるようなものではないはずなのに。

「っ……」

 忌々しげに舌打ち、バックステップで距離を取った。
 高速の二刀に翻弄され、身体中に無数のかすり傷をもらっていることに今頃気付く。
 頬、両二の腕、わき腹、両大腿。服の上から斬り裂かれ、赤い血液が滲んで黒く染まっていた。

「痛っ」

 それを認識した途端、痛みが走る。
 刺すような強い痛み。それはまるで、身体中に浸透していくかのよう。
 それでも、大河は目の前の敵を見据えてトレイターを構えた。

 ……自分はまだ、戦える。
 ……自分は、こんなモノじゃない。

 身体中から発される雰囲気が、それを物語っていた。
 吹き付ける力の大きさに、破滅は笑う。
 これが神を屠った力か。これが、神降臨の快楽に打ち勝った者の精神力かと。
 単に破壊の力が宿っているわけじゃない。赤と白……命の心を守る赤と、世界の因果律を守る白の力を同時に宿している。そして、これまでに犠牲となった救世主たち。
 破滅は、世界そのものと幾多もの救世主たちを相手に戦っているといっても過言ではなかった。
 その事実に、そして今までの攻防に破滅は震撼し、同時に心躍らせる。
 いくら自分が『真の破滅』であったとしても、相手は神となんら遜色ない存在。
 ……そんな存在を破り滅ぼすことで、どれだけ良い気分を味わうことができるのだろう?
 そう考えただけでも、胸が高鳴り高揚する。

「楽しいなぁ……楽しいなあ、大河ァ!!」
「くっ!?」

 再びの衝突。初撃をトレイターで受け止め、二撃目をトレイターを捻ることでさらに同時に受け止める。
 大剣の刃に二刀が叩きつけられた状態。そんな状態で破滅は両足を浮かばせると、トレイターごと大河を蹴り飛ばす。
 たたらを踏み、力を込めることすらできず無防備。そんな彼を、破滅は見逃すことはない。

「そらァっ!!」
「ぐあっ!?」

 正面に踏み込み、大河の胸へ一撃を見舞っていた。
 肩からわき腹へ一直線に裂傷を走らせ、血がとめどなく流れ出す。
 ダメージを少しでも緩和するためにも背後へ跳んだことが功を奏し、斬られた胸元の傷は浅い。
 動けなくなるほどではない。
 再び2人の間に距離が空く。
 息切れと共に蹲った大河は、流れる血を空いた手で押えつけて止血。もっとも、そんな行為は気休めにしかならず、指の隙間から赤が滲んで止まらない。

「っ」

 破滅はその場で刀を一振り二振り。どす黒く染まった純白の刀を焔が覆って。

「が……あぁっ!?」

 見えない刃となって大河の身体を斬りつけた。
 この世界にいた『彼』も得意だった、飛ぶ斬撃……居合い斬り。
 抜刀の瞬間すら見えず、納刀の瞬間までその軌跡すら見えないまま、無数の傷を負う。
 腕に、肩に。顔に、身体に、大腿に。
 深い裂傷が走り、だくだくと血が吹き出る。
 叩きつけられた壁に背を預けたまま動くことすら叶わず、自身の血で汚れた手の平を眺めて。

(俺は……負け、るのか?)

 生暖かな赤が手を腕を伝い、肘から地面へ滴り落ちる。
 霞む視界で自身の身体の傷を認めた。
 立ち上がるだけでも重労働。トレイターを手に戦うなど夢のまた夢。

(そうか、俺は……負けたのか)

 目を閉じる。
 まるで戦うことを諦めたかのように、力なく笑う。
 そんなときだった。

「どーしたよ、大河。もう根ェ上げんのか?」

 頭上から、声がかけられた。
 重症の大河とは正反対に、息すら乱していない破滅。
 それだけでも端から見れば力の差は歴然、と誰もが思うだろう。
 しかし。

「冗談……ぬかせ。てめえ、なんぞに……っ、この俺様が負けるか」

 大河の脳内辞書には『諦める』という3文字が存在しないのだ。
 ケガをしていようが満足に戦えない状態であろうが、勝機はあると強く信じて戦い抜く。
 普段から女癖が悪かったりちゃらんぽらんな言動をしていても、彼はただ前へ前へと突き進む。
 それこそがむしろ、『破滅』の軍勢を相手に勝利をもぎ取ることのできた原因なのかもしれない。
 だからこそ、大河は再び立ち上がった。

「ははは、言うねェ。じゃ、俺はとっととお前を潰させてもらうとするぜ」

 そんな一言と同時に目の前の男はゆっくりと、一歩一歩大河までの距離を詰めていく。
 大河はその足音に合わせて、その身体を起こしていた。壁を背にして、血だらけの背中を引きずるかのように。
 珠のような汗が顔中に浮かび、歯を食いしばって血の滴るトレイターを構えた。
 それと同時に破滅は大河の前へとたどり着き、刀の切っ先は正眼に構えたトレイターをすり抜け、大河の鼻先へ。
 沈黙。大河のこめかみを汗が伝う。

「っ!」

 ……戦慄した。
 暗がりに浮かんだ破滅の顔は、異常なほどに笑っていたから。
 今のこの状況を、心の底から、楽しげに。
 その瞬間、大河はトレイターを取り落としていた。

「ま、なんだ。軽ぅ〜く……」

 ひゅ、と風切音を鳴らして刀の切っ先が白く輝く円を描く。
 彼にとっての問題なのは、目の前にいる大河だけなのだ。救世主たる大河さえいなければ、この世界を蹂躙し破滅に追いやることなどいともたやすい。
 殺して、殺して、殺しつくす。それこそが『真の破滅』たる彼の役目。
 それを遂行するために、破滅は。

「死んどけや」

 その剣を振り下ろした。
 凶刃が迫る。トレイターを持つ手に力を込める………………動かない。
 肩から指先までの触覚が丸ごと削げ落ちたかのように感じられず、トレイターを持っているのかすらあやふや。
 でも、諦めない。
 ただただ前に突き進むことが、『俺』なのだから。


 凶刃が首筋に影を作る。
 大河は忌々しげに歯を食いしばり、破滅を精一杯睨みつける。
 同時に、かつん、という音と共に切り裂かれたポケットから、乳白色の石が転がり落ちた。
 本当の『アイツ』がいる、数多の多次元世界の内の1つの世界に存在する石。
 異世界に干渉し、召喚術という奇跡を起こす石。
 その石が地面に転がり落ち、投げ出されたかのように横たわるトレイターの刀身に触れた瞬間。

「っ……」

 刻まれた印が明滅した。


 凶刃が首筋に触れ、一筋の赤い線を作り出す。
 剣速は速く、次の瞬間には大河の首を跳ね飛ばすだろう。
 しかし。

「ちっ……」

 聞こえたのは破滅の舌打ちだった。
 そして、首には少し刃が食い込んでいるだけで止まっている。
 視界に広がる白い背中。

「どーしたんだよ、大河。らしくないな」
「は……」

 破滅の凶刃を止めていたのは、同じ刀身を持つ刀と同じ姿をした――

「らあぁぁっ!!」
「くっ!」
「お、お前……なんで」

 ――大河の仲間である青年だった。

「俺のこと、覚えててくれてるみたいだな」

 青年はにか、と笑う。

「……っ、バカ野郎。忘れるわけねえだろうが」

 そんな大河の返答に、青年はからからと笑う。
 以前見た、最後の笑顔と似すぎるほど似ていた笑顔。
 その纏っている雰囲気が、まさに目の前の彼を本人たらしめていた。
 右手には純白に輝く刀。左手には蒼銀に光を放つ、乱れ刃の小太刀。
 “あのころ”となんら変わりない彼がそこに、悠然とたたずんでいた。

「てめえ、なんで」
「なんでかって? そんなの知るかよ。俺も知らん」

 破滅の問いに答えながら、青年は言う。
 自分は今の今まで第二の故郷とも言える場所で惰眠を貪っていた。
 そしたらいきなり引っ張られるような感覚と、不意に聞こえた男の声。
 その声の正体を確信しつつ仲間の危機で自分が行けるならと、その感覚に身を委ねた。
 委ねれば委ねるほどに聞こえてくる声が鮮明になり、声が2つであることも理解できた。
 同時に1つが求めた仲間の声で、もう1つが。

「……しかし、驚いたよ。自分の声が聞こえるんだからな」

 破滅の姿のモデルとなった青年は笑う。同時に悲しげな表情を作り出し、目の前の『自分』を見据えた。
 自分を敵と、どのような心境で認識できるのか。彼の背後で見上げる大河には、わからない。
 でも、両手の武器を振るって戦おうとしている。それだけは理解できた。

「ま、1つだけわかることは……だ」

 刀を順手に小太刀を逆手に。その場で数度振るい、

「俺の仲間を、お前が傷つけたことだけだ。だから、俺は……」

 背筋の凍りつくような殺気を放ち、その刀の切っ先を破滅に向けて、

「お前を殺す」

 そう、宣言した。
 サバイバーのような召喚器もなく、激しかった戦いの日々もとりあえず落ち着いているからこそ、しばらく戦いから離れていた。
 それでも、目の前にいる『自分』だけは、自らの手で……。
 ……否。後ろにいる救世主と共に、このアヴァターを守る。
 それが、元・救世主候補たる自分の役目。

「……面白ぇ。やれるモンならやってみな!」

 破滅は楽しげに笑った。
 同時に地面を蹴りだす。衝突は合図もなく始まった。
 連続して周囲に鳴り響く轟音、爆音、破砕音。激突のたびに目の前が光り輝き、夜の闇を照らしだす。
 そんな中、大河は傷だらけの身体にムチ打って立ち上がる。
 助けてもらって、戦ってもらって。自分だけ休んでいるわけに無論、いくわけもない。
 ゆっくりと拾い上げたトレイターをナックル形態へと変化させ、正面に構えジェットを噴かす。
 彼を囲うように白煙が立ち上り、噴射の勢いだけで背後の壁を粉砕していた。

「気付いてるよな……」

 呟くように口にする。
 かつて、1度限りのパートナーだった2人。肩を並べ、思い出される“破滅”との戦いの日々。
 共に学び、共に笑い、共に戦場を駆け抜け、共にすべてを終わらせた唯一の相棒。
 だからこそ今の自分の意図に気付いていてくれていることをただ信じた。
 端から見れば滑稽に見えるかもしれない。「バカじゃないのか」と指を指して笑うかもしれない。
 それでも彼は、ただ信じるのみ。

「ナックルラッシュ――」

 渾身の力で前に進もうとする力を押しとどめ、力を溜める。
 あの敵を打ち倒すには、自分にも青年にも致命的な決定打が足りない。
 だからこそ必要になるのは、心を通じ合わせて戦うことだ。

「…………」

 青年は自身と同じ姿の破滅と剣を交える中で、背後で感じる大きな力に気付かないわけがなかった。
 それがなんなのか、理解することは彼にとっては簡単なことだった。

「余所見してる場合かよっ!!」

 破滅は真紅に輝く小太刀を振るう。溢れんばかりの焔は三日月の如き軌跡を描いて青年を強襲する。
 無論、青年とてそれを見過ごすことはない。目を細めて左手と右手をクロスし受け止めた。
 蒼銀と真紅が混じりあい、紫電の火花となって散っていく。
 黒と赤の瞳が交差する。
 青年が劣勢という今の状況。破滅は強引に青年を斬り裂こうと力を込めた。
 力を抜けば致命傷。そんな状況に危険を感じ流れる汗。
 破滅は自身の優勢を認め、自分で自分を手にかけようとしていることを思い、笑む。

「ちっ」

 小さく舌打ち、同時に身を屈めた。
 ケガなど二の次。今は自身の身を自由にすることが先決。
 そして、背後にいる大河に全てを任せればきっと。

「たいがあぁぁぁっ!!!」

 刃を寝かせて懐へ飛び込む。
 勢いあまって空振った刃が青年の頬を斬り裂き、走る痛みに表情を歪ませつつも自由になった手で襟元を掴む。

「いけぇ――っ!」
「ぅあっ!?」

 背後へ思い切り投げ飛ばした。
 空中で身動きの取れない破滅は、その場でナックルを噴かせていた大河を視界に納めて目を丸める。

 なぜ気付かなかったのだろう、と思う。
 致命傷になるような傷を与えたから?
 目の前の『自分』を追い詰めて、殺すことができるから?
 自分ひとりで世界中を蹂躙できるから?
 単に死闘を好んでいるから?
 考えている間すらなく、

「――オーバードライブ……!!」

 大河は自身のすべてをかけた一撃を放つ。
 発進から衝撃までは一瞬。
 受け止めこらえようとクロスした刀と小太刀をも砕き貫き、

「ぐぁ……は……!?」

 荒ぶる拳を、破滅の身体へと叩き込んでいた。
 破滅の身体は吹き飛ぶでもなく、受け止めたでもなく。

「がぁ……うあ」

 腰から二つに分かれていた。
 内臓が上半身から流しながら、血液を撒き散らしながら、ぐしゃ、という音と同時に地面に叩きつけられた。
 勢いを止めようと地面に足を擦らせながら、血のこびりついたトレイターを大剣へと戻す。
 靴との摩擦によって地面から立ち上る白煙は風に吹かれて消えた。
 体内の全ての血が地面に流し、瞬く間に池となる。死臭が漂い、舞い上がった赤が降り注いだ。

「……ゼェ……ハァ……ゼェ……うげー……」

 生々しい感触が手に残っていて、相手が凶悪な犯罪者だったとはいえ吐き気がこみ上げる。
 破滅で、恐怖の象徴であったとしても、この光景を見ればそれが何であれ人であると理解せざるを得なかった。
 青年はその場で、息を荒げる大河と上半身と下半身がさよならしてしまった自分自身を眺めて表情を歪めていた。
 いくら自分とは別の存在とはいえ、無残になっている自分の姿を見るのは正直複雑だった。

「まさか……『真の破滅』たるこの俺が、負けるとはなァ」

 破り滅ぼす者。決して破られず、滅ぼされないはずの彼が。

「因果を破るは神の御力、といったところか」

 大河でなければ……世界で唯一、人でありながら神の力を行使できる彼にしかできない芸当だったのだ。
 喚ばれた青年はただ、そのサポートをしただけ。
 彼がいなければ、勝利はなかった。死力を尽くした結果がついてきた。
 ただそれだけなのだ。
 破滅の身体はゆっくりと光を帯び、端から粒子となって消えていく。

「お」

 同時に月の赤も消え、銀に輝くそれとなっていた。


 ●


「み、みんなぁ!」

 フローリア学園は学園長室。
 窓辺に位置していた未亜は色が消えていく月を見上げ、声を上げていた。

「どうしたの、未亜さん?」
「ほ、ほら、月!」
「え……っ!?」

 指差した月を見上げたベリオは、赤の消えた月を見上げて目を丸め、さらに安堵したかのように息を吐き出した。

「勝った、のですね……大河君」

 ベリオの隣で、学園長は言う。
 未亜の声を聞きつけて、彼女も窓辺へ歩んできたのだ。
 同時に、政を終えて駆けつけたクレアも銀に輝く月を見上げ、

「よく……やってくれたな、大河」

 この場にいない青年の名と共に、笑みを浮かべた。


 ●


 破滅は赤い光となって消え去り、静寂だけが残された。
 しかしながら地面は抉られ壁は破壊され、黒く変色しつつある斑点や池で侵食されて、元に戻すまでには少しばかり時間がかかるだろう。
 鉄の臭い漂う中で青年は大河へと歩み寄り、ぽんぽんと肩を叩く。
 お疲れさま、と言い聞かせているかのように。
 刀は左腰の鞘へ、小太刀は後ろ腰にくくり付けられた鞘へ納まり、頬に赤い線を作りながらも笑みを称えていた。

「なんでまたここに来れたのかは知らないが、お疲れさん」
「そうだよ、お前なんで……」
「さあなぁ」

 気付けばここにいた。
 気付けば事情を知っていた。
 気付けば目の前の『自分』を敵と認識していた。
 誰がそれを教えてくれたのか、何が自分をこの場へ喚んだのか。
 かの世界の守護者たる彼が思いつく事柄といえば。

「矛盾を認めた……いや、この世界そのものが、俺を喚んだのかもしれないな」

 こんなことくらいだった。

「さて。いつまでもここにいたら、何があるかわからないな」
「待てって。みんなと会って……」
「大河」

 大河の言葉を遮って、ただ首を振った。
 同時に思い出す。
 彼が持っていた召喚器のことを。存在を喰らい力を行使する召喚器の存在を。
 左腕に装備される空のように蒼い篭手を。

「みんなは俺を知らないし、俺はこの場にいなかった。あれを倒したのも君だよ」
「お前……」

 そんな一言と共に、青年の身体を光が包む。
 破滅を消した赤と違う、眩しいくらいに白い光。
 焔が立ち上るたびに、彼の身体は形を失っていく。

「お、どうやら還れるらしいな」

 青年は自身を包む光を見、視線を大河へと移す。
 軽く握った拳を突き出すと、

「また会えてよかった」

 笑った。
 痛みの消えない身体のまま、ゆっくりと拳を作り、同じように突き出す。
 かつて交わした親友の儀。
 神との戦いの中でも印象に残る、たった一度の行為。

「あぁ。俺もだ」

 痛みをこらえ汗の流れる顔に笑みを作り、

 こつん。

 互いに作った拳を軽くぶつけ合わせた。


 ●


「いでっ、つぅ〜〜〜……」
「大河君、少し我慢です。大体、リリィとカエデさんをあっという間に倒した相手に、この程度で済んだのですから」

 絶対安静です、とベリオは巻き終えた包帯を軽く叩いた。
 走り抜けた痛みに声を上げる大河を見てベリオは楽しげに笑い、隣のカエデとリリィを見やる。
 2人とも起き上がれるほどまでに回復していた。魔術ってステキ。

「しっかし、悔しいわね……」

 包帯を巻いたリリィは、ベッドの上でうなっていた。
 元から負けず嫌いの彼女だ。たったの一撃で病院送りにされたことを、事件が解決した今でも根に持っていた。
 パートナーであるライテウスを持ちながら、その自慢の魔術はさもたやすく無効化された挙句、こともあろうに接近を許した。
 魔術師は騎士や戦士を相手にする時は、1人に対し基本的に2人以上でかかることが定石。
 たった1人で向かっていけば、詠唱する間もなく敗北するからである。

「まぁまぁ、リリィ殿。お気を沈めるでござるよ」

 もう終わったことではござらぬか、とカエデは苦笑しながらもリリィをなだめていた。
 そんな中で難しい顔をしていたリコは、破滅と名乗った青年の正体と、対面した時の大河の態度が気になっていた。
 あまりに馴れ馴れしい破滅の言動と、信じられない、といわんばかりに声を荒げていた大河。
 彼らの間にどんな関係があるのか、気にならないわけがなかった。

「あの人は、私たちを見てどこか懐かしそうに話していました……マスターはあの人と面識があるのですか……? 少なくとも、私は彼を知らないのですが」
「う〜ん、そうだなぁ……」

 リコの問いに大河は少しばかり考えるようなしぐさをし、一同が彼を見る。
 リコだけでなく、その場にいる大河以外の全員が彼を知らないのだ。
 何を言えばいいだろうか。答えは数瞬の間に思い浮かんだ。

「あると言えばあるが、ないと言えば……ない!」
「なぁに、それ?」

 曖昧な答えに苦笑しながら、未亜が尋ね返す。
 実際、大河もそうとしか答えようがないのだ。
 外見は確かに知り合いのもの。しかしその中身は、まったく別物だったのだから。

「見た目は知り合い、中身は別人……なんかどこかのマンガみてえだよな」

 そんな一言を漏らして、窓から外を見上げた。
 空は青く、陽の光が燦々と降り注ぎ、街は商人たちでにぎわっている。
 人々は笑顔で、先の事件の名残など微塵もない。
 これからも、きっとない。


「今日も……平和だね」
「平和が一番でござるよ」


 “破滅”を打ち倒し、


「でもさぁ、退屈過ぎない程度に少しは刺激がないと」
「刺激なんてない……ないに越したことはないんですよ」


 “神”を滅ぼし、


「……そうですね。平穏こそがみんなの望みです」


 “真の破滅”をも破滅させた、


「戦いのない世界、争いのない世界。それこそが私たちの望み……ですものね」


 我らが人類の救世主たちは。


「……ま! 何があろうがこの俺様が全部まとめてぶっ飛ばしてやるぜ!!」


 ――今日も元気だ。





 Duel Savior -Outsider-

 Another Story

 -ENDLESS THE WORLD- 後編












“Izayoi no tuki ” 3rd Anniversary.
 
Good job and Thank you for all readers!!
 
Presented by Kai Asagi














はい。
ここまで読んでくださった皆様、お疲れ様&ありがとうございました。
これにてDuel夢アフターは終了です。
最後までどシリアスでほんと申し訳ないこと山の如しなんですが、
私にギャグを求められても、う〜ん、な感じなので、
そのあたりを理解していただけると幸いです。


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