淡い光の中、譜歌が紡がれる。
今日はおめでたい日。主役は笑い、祝福の声も上がるはずの日。
今日は彼が、成人を迎える日。
Tales of the Abyss -Parallel Ending-
――ここは、どこだ……?
背から感じる温かいなにかに、俺は身を預けていた。
視界に飛び込んでくるのは美しい七色の世界。
そして、見えないはずなのに、見える……いや、視える。
エルドラントの崩れる様が、端からただの瓦礫になっていく様子が。
同時に感じた。
背中から伝わってくる、暖かな感触が。
これが誰かの腕なんだ、とわかるのに、苦労はしなかった。
「アッシュ……」
誰かの声が聞こえた。
とても心配そうに、自分の名前を呼んでいる。
ゆっくりとまぶたを開くと。
「……っ!?」
そこには、自分と同じ赤毛の人間……否、『自分』がいた。
*
「お、お前っ……」
ルークの顔は驚きに染まっていた。
今の今まで、自分――アッシュは死んでいたはずなのだから。
エルドラントで2人同じ罠にはまり、口論し、剣を交え……負けた。
だから、そこから先を『ルーク』に任せた。
罵って暴言を吐いて拒絶した。
そのたびに悲しげな顔を見せた彼が今。
「生きてたんだなっ、ウソなんかじゃねぇよな!?」
どこか高揚させた声で、アッシュに語りかけていた。
同じ碧の瞳で、赤い髪。
ローレライによって詠まれた預言の中にある『聖なる焔の光』。
そんな大層な名を持つ彼が『聖なる焔の燃えかす』を両腕に抱いて。
「……よかったな、アッシュっ!!」
泣いていた。
満面の笑みと共に。
そう。
アッシュは死んだはずだった。
ルークの……もとい、世界のためにローレライの鍵を託し、神託の盾騎士団の兵士たちと戦って。
その手の剣で、串刺しにされて。
「俺は……なんで」
両手を握ってみる――問題なく動く。
身体は――きっと動く。
「俺も知らねェ! でも別にいい。お前がちゃんと生きてるんだからな!」
ルークは笑った。
眩しいくらいに気持ちのいい笑顔だった。
『世界は消えなかった……私の見た未来が、僅かでも覆されるとは……』
突如響いた声。
それは、ローレライの声だった。
驚きを孕み、同じ顔の2人を賞賛しているかのような、どこか高揚とした声。
しかし、その声はそれきり聞こえなくなっていた。
……光が溢れる。
「アッシュ……生きるんだ、お前も!」
「レプ……いや、ルーク」
お前は、俺を必要としてくれるのか……?
居場所をなくし、ヴァンに拾われた7年前。
神託の盾騎士団の幹部として『アッシュ』と名乗り、今までより一層剣の稽古に励んだ。
2人が出会って、剣をあわせて。
毛嫌いしつつも『人間』として成長していくルークに焦り、苛立ちすら覚えて。
レムの塔で。2人で瘴気を消し去り、共に身体の第七音素が乖離していることを聞いて生き急いだ。
栄光の大地エルドラントでの一騎打ち。
同じ型、同じ技。なのに、勝つことができなかった。
家を捨て名前を捨てて、今まで1人で生きてきた。強くなっているはずだったのに。
最後の最後まで共に戦うことを拒んできたはずなのに。
「当たり前だ!! それに、約束しただろ・・・!」
ルークは、自分を必要としてくれた。
――約束しろ! 必ず生き残るって! でないとナタリアも俺も……悲しむからな!
――うるせぇっ! 約束してやるからとっとと行け!
切羽詰っていたあの時のやりとりが蘇る。
今になって考えれば、あの時からルークは自分を必要としていた。
……ならば、話は簡単だ。
失ったはずのこの命、己が望むように使い、削りぬいてみせよう。
ルークを通して自分を思ってくれていた父、母のためにも。
自分のために泣いてくれた幼馴染のためにも。
そして、自分を必要としてくれている己が分身のためにも。
懸命に伸ばされたルークの手を取った。
*
マルクトはタタル渓谷。
夜の帳に包まれたこの場所で、1人の女性がとある旋律を紡いでいた。
深淵へと誘う旋律。
堅固たる護り手の調べ。
壮麗たる天使の歌声。
女神の慈悲たる癒しの旋律。
魔を灰燼となす激しき調べ。
覇者の天駆を煌く神々の歌声。
そして、たった1人へ向けた約束の旋律。
すべてをあわせて『大譜歌』というその歌を、過ぎ去った過去へと思考を巡らせ紡いでいた。
白く、月明かりに反射する花々は優しげな風に揺れ、中心で謳う彼女を包み込む。
過ぎ去った過去から、3年経った。
今日は『彼』が成人するめでたい日。
しかし、主役である『彼』はいない。
仲間たちにとって、墓の前で行われる儀式になど興味は無い。
めでたいなどと思ったことも無い。
「あいつは、戻ってくるって言ったんだ。墓前に話しかけるなんて……お断りってことさ」
金髪の青年は言う。
そして、わかっている。
自分たちは、戻ってくるまでただ待ち続けなければならないと。
「そろそろ、帰りましょう……夜の渓谷は危険です」
少しばかりずれたメガネを直し、男性は言う。
いくらめでたい夜であっても、魔物たちがそれを気にすることはない。
花畑に背を向け、歩き出す。
……約束した。戻ってくると。
だから。戻ってくるまで、いくらでも待ち続ける。
決意を新たに一同の胸に刻み込む。
「……え?」
一瞬、風が吹き荒れた。
それは、戻ろうとする彼らを拒む風。
聖なる焔の帰還を告げる風。
振り返れば、人影。
赤く長い髪を翻し、背には一振りの剣を背負い、ただ真っ直ぐたたずんでいる。
「……遅いよ、パトロンくん」
……1人ではない。
かき上げられた髪は同じく赤く、顔立ちは瓜二つ。
碧の瞳がその存在を示し、双子にしては似すぎている。
その青年は、あの事件で死んだはずだった人間だったのだから、驚くのも無理は無い。
しかし、仲間たちの前に彼は再び姿を現した。
「あ――あぁ……っ!!」
新たな騎士団発足を掲げた人形士が満面の笑みを貼り付ける。
その細腕で一国を担う、正義感の強い王女が嬉しさに際限なく涙を流す。
『彼』を、最後の最後まで信じ抜いた青年が安心したように息をつく。
時に厳しく、時におちゃらけて見せた男性がこみ上げるなにかを抑えようと、メガネを外す。
そして、たった1人へ詩を贈った女性が涙と共に、溢れんばかりの笑顔で。
「おかえりなさい……っ!」
譜歌が終わりを迎える。
今日はおめでたい日。
帰還を果たした主役たちも、それを待ち続けた仲間たちも、ようやく心から笑える日。
今日は彼が……彼らが、成人を迎える日。
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