「あ、あ……」

 神楽坂アスカは表情に絶望を宿していた。

 ここは麻帆良学園女子寮のとある一室。アスカが生活している部屋である。
 もともとは1人で生活するはずだった。しかし、「1人じゃ寂しいから」という理由で共に住むことを提案され、今に至る。
 そんな彼女……もとい、彼はその空間のとある一角で、ぺたんと腰を落としてしまっていた。
 目の前に突きつけられた現実と、それを認めたくなくて目を背けようとする。

 しかし、それは何があろうと無理な話。タイムマシンでもあれば別だが、宇宙に出ることすら一握りの選ばれた人間だけというご時世にそんな大層なテクノロジーがあるわけがない。
 ……この学園内の誰かさんならば、いとも簡単に作っちゃいそうだけど。

「あああ……!」

 ちなみに先ほど軽く触れたが、神楽坂飛鳥は男である。女子中学生に紛れてもまったく気づかれないほどの顔立ちのくせして。
 本当はやりたくないのに、女装をしてこの麻帆良学園女子中等部に通っているのだ。
 その理由は、とっても簡単。
 弟分であるネギの故郷ウェールズにいる彼の姉ネカネの超個人的な独断で、彼をこの場所へと強制に送り出したのだ。彼を見守らせるために。
 閑話休題。

 彼が腰を落としてしまったのは、目の前に貼られた一枚の紙切れに書かれた内容を見たからだった。
 閉じたノートほどの大きさの藁半紙に、無駄に達筆に書かれていたのはたったの一文だけ。

『いただきました』

 このたった一文が、彼を絶望させていたのだ。さらに、横に描かれていたペ○ちゃんが妙にシュールだ。
 授業を終え、何事もなく平和な一日だった今日、最後の最後ので繰り出された右ストレート。
 その一撃は、無防備なアスカの心をこれでもかと言わんばかりにぶち抜いていた。

「だれだ……」

 つぶやきながら、視線を眼下へと向ける。
 その声に歪みを含み、絶望と共にこみ上げてきたのが噴出さんばかりの怒りであることは明白だった。

「だれだ……!」

 赤い双眸が、紙の端に書かれた文字列にて見開かれた。
 書かれていたのは、やはり達筆。墨と筆で書いたかのような、見る人ならば見惚れんばかりの至高の一作となっただろう。
 しかし。

「……っ、あああああ!!!」

 アスカはそれを、見るも無残な姿になるまでビリビリに破き捨てた。
 許せない。
 許せない……!
 握った拳がわなわなと震え、その怒りの大きさが感じられる。
 ……どうやって進入したか、という疑問も、なんで進入したのか、という疑問も今は別にどうでもいい。
 必要なのは。

「クロサキ……ヨルイチィ―――ッ!!!!」

 今抱いたこの想いを、思い切りぶつけたいだけなのだ。



 ようかいも
く頃に −憂さ晴らし編−



「やー、満足満足♪」

 夜一は笑顔を称えて夜道を歩いていた。
 どこにいくか、など決まっている。
 今はもう暗がりも広がりつつある夕方。なんだかんだで面倒この上ない先生業をようやく終えて、帰路についていたのだ。
 ちなみになにが『満足』なのかは、後々に綴るとしよう。

「今日は職員会議があったから……いつもより疲れた気がするよ」

 そう言って苦笑したのは隣を歩くネギだった。
 彼とは帰る方向が同じだからこそ、こうして肩を並べているのだが。


 ぶるり。


 大気が震えた。
 二人の足も、同時に止まる。
 ネギは背筋を凍らせて。額に珠のような汗をかきながら。
 そして夜一は、なんの気なくただまっすぐ前をみつめる。すでに空は闇に隠れているからこそ、視界も中途半端。

「ヨイチ、これ……」

 しかし、目の前にいるであろう災厄…………真紅の双眸がその闇の中に浮かんでいた。
 背中の杖を右手で構え、空いた左手をほのかに光らせる。ぶつぶつとつぶやいたのは魔法の始動キーだ。
 それを横で耳にして。

「待て、ネギ。お前じゃ無理だ。かなわねえ」
「え……?」

 その一言に、ネギは耳を疑った。
 自分はこれでも一日最低でも二十四時間は魔法と体術の修行に当てているし、麻帆良祭で行われた武道会でも準優勝という記録を納めた。
 自惚れているわけではないが、下級の妖怪くらいなら一人でも無力化できる自覚があった。
 そんな彼に、夜一は「かなわない」という。
 それほどの相手がなぜ、この学園都市の結界に引っかからずに入ってこれたのだろう?
 そんな疑問がよぎる。

 麻帆良学園の結界は外部からの魔力を持つ侵入者に反応し、その手の警備員へと伝える役割を持つ。
 もちろん侵入者の進入を伝える魔力は、ネギや夜一でも感知することが出来る・・・にも関わらず、今目の前にいるであろう『敵』の進入に、結界は少しも反応を見せなかった。
 結界が不具合を起こすことはあり得ない。だとすれば。

(まさか、内部の……魔法生徒?)

 そんな考えに行き着くまでに、時間はかからないだろう。
 ネギは自らの教え子に杖を向けているかもしれないという事実に、杖先が小さく震えた。


 ……


(……やりすぎたか?)

 一方、夜一は困ったように苦笑した。
 最初からなることはわかっていた。それによるリスクも理解していた。
 その上で彼は実行に移したのだから、自業自得といえるだろう。

 ……しかし、まさかここまで怒るとは。

 甘く見すぎていたのかもしれないと、自分自身に反省を促しつつ、面倒な展開にため息。
 正直な話、これからどのような惨劇が起こるのかなど、とある『行為』を実行に移した夜一にすらわからないのだから。
 大きくため息をついた、その瞬間。

「……来たれアデアット

 目の前の赤い双眸から、そんな声が響き渡った。
 眩い光と共に具現する、圧倒的な存在感を持つ白い大剣。それを持つ存在が誰なのかなど、理解できないわけもない。

「あ、アスカ!?」

 ひしひしと感じる存在感。迸る怒りのオーラ。そして何より、ネギを驚かせたのは。

「く、黒い!? 黒いよアスカーっ!?」

 背後に背負った、夥しい体積を持った黒すぎるオーラだった。



「クロサキ、ヨルイチ……」

 たれた前髪の隙間から見え隠れする真紅の双眸。その視線はまっすぐに夜一へと向かっていた。
 彼のターゲットは、最初からただの一人だけ。

「ネギく〜ん、ヨイチく〜ん! 大変や、アスカが……」
「遅せぇよ」
「うえっ!?」

 アスカの背後から聞こえる声に突っ込みを入れつつ、夜一はじりじりと近づいてくるアスカを警戒していた。
 相手はまるで獲物を狙う獅子のよう。だからこそ、その巨大な大剣で一刺しにならぬよう警戒する必要があったのだ。
 夜一の突っ込みに声を上げたのは、息も切れ切れな亜子だった。さらにその隣には明日菜、木乃香。そして刹那の三人。
 何を示し合わせたのか、皆がアスカの尋常ならざる行動に驚きを覚えていたのだ。
 ただならぬ気配に気づいたのは刹那。彼を追いかけている亜子を見つけたのが明日菜。追いかけようと判断したのが木乃香。皆、なんだかんだで心配なのだ。

「アスカ、なにがあったのさ!?」

 ネギの問いに、アスカは答えない。
 まるで聞こえていないかのように夜一との間を詰め、間合いを測っている。もちろん、その間合いが夜一の間合いであることも沸騰した頭で理解している。
 だからこそ、獅子のように慎重なのだ。刈る瞬間に全力を尽くすために。

「っち」

 夜一は舌打ち、アスカに背を向け、そして。

「逃げるが勝ちっ」

 逃げた。それはもう一目散に。
 人間は、獅子に刈られるような動物ではない。知恵をめぐらせ、策を練り上げ、逆に刈ってしまう。
 逃げたところで解決策にはならないが、撒いてしまえばこれほど安全な手はないのだ。

「……っ」

 もちろん、それを逃がさぬアスカではない。
 無言で大地をけりだして、あっという間に見えなくなってしまう。それをあっけに取られてみていたのは、亜子たちだけではなく。

「あーあ」

 ネギも同様だった。口をあんぐりとあけて、我に返ったのはそれから三十秒を越えたあたりでのことだった。


 ●


「ははははは! いくらお前でも、この早さには追いつけまい!!」

 夜一は目にも留まらぬスピードで駆けていた。風のように止まらない彼の足には黄緑色の脛当てが装備されている。
 風帝の御霊器『風神フジ』。機動力を爆発的に上昇させるかの装備は、逃げるにはまさにうってつけの装備だった。
 しかし、アスカも負けてはいない。
 ……忘れてはいないだろうか。彼が唯一使える魔法の存在を。

「ニガサナイ」
「ぬをっ!?」

 突如正面に現れたアスカは、すでに大剣を振りかざしては振り下ろそうと力を込めていた。

 ひゅん……っ
 ずどん!!

 音もなく振り下ろされた剣は、直前で急ブレーキをかけた夜一の眼前を素通り地面へ叩きつけられた。
 それに肝を冷やしたのは夜一だった。斬られる寸前。まさに紙一重。運のよさはピカ一だと自分に言い聞かせながら、夜一はさらに反転した。
 走り出すのはいいが容易く回り込まれては振り下ろされる凶刃を躱す。
 ある意味、袋のねずみとなっていた。

(やるしかねぇか……!)

 ようやく覚悟を決めたのは、逃げることすら適わなくなってから十分程度が経った後のことだった。
 様々な武具を有する夜一の装備『鬼神御霊器』。一つの型に囚われないため変則自在な戦いを見せることが出来るのだが、その反面で戦い方が中途半端という欠点がある。
 つまり、ただ愚直に剣を極めた者には一つの型では敵わないという事実がある。
 しかし夜一は種族的には妖怪である。妖怪という人間離れした身体能力が、目の前のモンスターと対等に交戦出来ていた。
 ……否。対等ではなくなっている。
 刈る立場であるはずのアスカが、押され始めているではないか。
 これは、戦い方に差が出ていることが直接的な原因だった。

「ひょいっ」
「くっ」
「そりゃっ」
「ぐ……!?」
「ほれほれ、こっちこっち」
「ぬううううっ!」
「やーい、ばーかばーか♪」
「■■■■■■■■■■■―――ッ!!」

 おちょくられ、どこぞの狂戦士のような奇声を上げるアスカ。
 その高い身体能力を十二分に発揮して襲い掛かる刃を避ける。躱す。風神をしまい、アスカの大剣に対抗すべく日本刀――『ゴウゴン』を手にしたものの、大剣という武器の特性を知っていた夜一は、いとも容易くアスカの攻撃を見切っていたのだ。
 曰く、『大剣』は大振りで軌道が読みやすい。
 普段のアスカならばうまく立ち回ったのだろうが、今はかなりの勢いで憤慨している。
 頭を使っているか使っていないかで、ここまで差が出てくるものだと、彼は長い戦いの人生の中で理解していた。
 だからこそ、腹黒な発言をしたり刹那で遊んでみたり悪戯の算段を立てていようが、いつも変わらぬ性格をしているからこそ、いざというときには落ち着いた行動が取れるのだ。

「アッハッハッハ」
「ああァ―――!!」

 棒読みな笑い声を上げつつ夜一は再び斬撃を回避する。
 そのおちょくり方に、もはやアスカが限界を突破していた。
 最後の一撃が簡単に躱されると、その場に立ち尽くしてうつむく。

「…………」
「なんだよ、もう終わりか? 面倒なことしてくれやがって……?」

 小さくつぶやく。
 アスカの声が聞き取れず、夜一は耳を澄ます。

「……い」
「あんだよ。聞こえねぇよ」
「……いい」
「聞こえねぇって!」

 軽く声を荒げてみると、うつむいていたアスカが顔を上げ、

「もういい。ぜんぶまとめてぶっこわしてやる」

 なんともぶっそうなことをいいやがった。

「お、お前……正気か!?」

 無論、正気なわけがない。
 夜一は普段の彼からは想像もつかないような……否。誰もが触れることのない逆鱗に触れてしまったのだから。
 実際……

「目が……座ってやがるよ」

 もはや、話し合いの余地はないのだ。

「ったく、仕方ねぇな……表へ上がれ、煌く鋼よ」

 夜一の手に確かな感触が生まれる。白銀に輝く長尺の日本刀。
 ゴウゴンという銘を持つ、乱れ刃の鮮やかな直刀。磨き抜かれた鋭利な輪郭は、とても現実にあるものとは思えない。
 しかしそれは、現実に存在する。
 彼の内に秘められているのだ。

「…………」

 アスカは前髪に隠れた両眼を爛々と輝かせつつ大剣を水平に、切っ先を夜一へ向ける。

 その行動を夜一は知っていた。パートナーである亜子の魔力を媒介に放たれる大砲であると。
 そして彼の目の座りようから、ハッタリではないことも。

「風よ炎よ、絡み合え……」

 刀身が紫電を帯びる。それは彼にとっての災厄の前兆。すべてを飲み込む破滅の雷。
 輝くと共に紫の花が咲き乱れ、夜一の視界を覆いつくす。

「炎風連携……」
「お、おい……よせ、さすがにそりゃマズいぞお前ぇ!!」

 冷や汗たらたら流しつつも夜一は説得を試みるが、開き直ったアスカは……もはやなにも恐れてなどいない。
 報復のために。アスカの大切なものを奪い取った……その恨みを晴らすために。

瞬雷ケラヴノス……!」

 ためらうことなく、放たれた。

「おおおぉぉぉっ……撃ちやがったァ―――!!!」

 叫びながら、身をよじる夜一。
 もちろん、今の装備で『あの』大砲を止めるなど自殺行為も甚だしいと理解しているからである。
 全身の筋肉を極限までフル稼働させ紙一重で躱すと、あまりの容赦のなさに目を丸めた。
 しかし、その視線の先では。

「…………」

 アスカが不敵に笑っていた。
 自身のあまりの無防備さすら理解して笑っているのか。
 ……その答えは。

瞬雷ケラヴノス…………」

 放たれた砲撃は未だに夜一の横で輝いている。
 この手の砲撃魔法は通り過ぎればそこまでのはずなのだ。それなのに、いつまでたっても消えないのはなぜか?

「ま、まさか……」

 答えは。

「……ブレイドっっっっ!!!」

 砲撃の雷がまっすぐ伸びたまま、アスカは腕を振る。同時にその雷も刀身の延長先へと移動し、しなりながらの第二撃が真横から見舞われていた。
 それは夜一の奥に座する学び舎すらも根元から薙ぎ払い、まとめて夜一を薙ぎ払うのは雷の剣。

「おっ、お前学校壊す気か!? っていうか、こんな状況で新技編み出すんじゃねぇ―――!」

 なんて、叫んでみてももう遅い。現実は目の前に迫っているのだから。

「くっそ……表へ上がれ、――――!」

 歯噛み、少しばかりダメージを受けることを覚悟しつつとにかく出来る限りの速さで得物を持ちかえる。
 今この場でゴウゴンを手にしていては、逆に雷に狙い打たれる。
 刃の切っ先が、ちょうど避雷針の役割を果たしてしまうから。持っているだけで、むしろ今は危険すぎる。
 大剣持ちであるアスカが相手だから接近戦を強いられるだろうなと予測していた夜一だったが、見事に当てが外れてこの有様。
 それでも、この状況での対応は早かった。
 雷は電気。圧倒的な熱量と体積を誇る目の前の大砲。
 遅れてもいい。間に合わなくてもいい。とにかく、少しでも早く自身の身の安全を、まずは最優先にしなければならない。

「こんにゃろっ!!」

 だからこそ、高速での移動を可能にする風神を間髪入れずに装備した。
 飲まれた雷の内から飛び出す。
 しかし、アスカもそれを見逃すわけもない。

「瞬雷剣!!」

 神速の切り返しに対応し、夜一は宙を疾駆する。
 幾度となく振るわれる黄金の閃光。まるで鞭のようにしなる光の剣を躱し、それを代償にして校舎が見る見るうちに轟音と共に廃墟へと化していく。

 学園長にどやされる……じゃすまねぇかなぁ。

 なんて考えつつ、目の前にいる少女……のような少年を見やる。

「はははははは! 死ね、死ねぇ!!」

 …………うわ。イっちまってるよ。
 きっともう、彼にはいろんなものの区別がついていないのだろう。彼が見ているのは、たった一人の人間のみ。
 黒咲夜一という男一人だけなのだろう。
 夜一本人からすればその相手が刹那だったらな、とかひとりごちてみる。
 そんなことを考えて、気づけばほのかに頬を軽く赤に染め、ふるふると軽い火照りを吹き飛ばす。
 ……もっとも、さっきから火傷してしまうような灼熱を目の前に感じていたりするのだが。

「おまえがわるいんだ! おまえが、おまえがぁ――っ!」
「悪かった、悪かったからもうやめろアスカ! 今の状況わかってんのか!?」
「うるさい、うるさいっ!」

 そもそも、なぜアスカは怒っているんだ?

 突然、そんな疑問がわきあがった。
 確かに夜一はとあるをした。しかしそれが直接的な理由とは、夜一にはどうしても思えない。

「おい! お前なんで怒ってるんだ!?」
「……きまってる」

 アスカは大剣を振り構える。
 黄金に輝いている純白の大剣は、先ほどに続いて黄金の火花が散っている。
 うつむいていた彼は顔を上げる。
 久しぶりに見たアスカの表情。赤い瞳には、大粒の涙がたまっていた。

「……ぼくの」

 雷の剣が残滓を残して消え去り、次に現れたのは黄金の魔法陣。
 アスカが剣を突き立てるのを今か今かと待ちわびているかのように明滅している。
 地面を蹴ると同時に陣も移動する。彼が移動すれば、それに付き従っているかのように。
 夜一とアスカの距離が詰まる。
 同時に夜一のこめかみを汗が伝う。

「ぼくの……ッ!」

 結局、アスカが夜一を目の敵にしていた理由は。





「ぼくのプリン食べたからだ!!!!!」



 …………



 あ、あれぇ?


「お、お前……そんな理由でここまでやるかよ?」
「そんなの、あたりまえだよ」

 あまりにくだらなさ過ぎる理由で自分が殺されそうになっているのだ。
 しかも、たかだかプリン一つのために。
 問題なのは、お互いの価値観の違いである。夜一にとってはただのプリンかもしれないが、それがアスカになると話は変わってくるのだ。

「僕が食べようと思ってたのは、数あるプリンの中でも最高級品なんだよ」

 プディングの中のプディング。プディング・オブ・プディング。キング・オブ・プディング。
 ……そう。今回はプリンでなくプディングなのだ。もちろん、外国製。
 一口食べただけで昇天させてしまうくらいに勢いのあるプリンなのだ。
 果たしてこれ1カップで、いったいどれくらいの値段だったのだろうか?

「ヨイチ……っ!」
「ちょっと、これどういうことよ……?」
「夢や……これは夢なんやろ、せっちゃん?」
「いいえ、これは現実ですお嬢様」

 遅れること数分で、ネギが現れた。数人のオプションを連れて。
 様子のおかしいアスカを追いかけてきたのだが、あまりの速さに追いつけなかった、というのが今頃到着した理由だろう。
 そんな彼女たちだったが、目の前の光景に卒倒しかけていた。
 気を失いかける木乃香に刹那が寄り添い、目を丸めてわなわな震える明日菜。
 それもそのはず、彼女たちは2人を追いかけていたのだ。2人の姿を見失って、轟音を頼りに駆けつけたのだろうから、その間に起こっていた大破壊など知るわけもない。
 どうしてもしなければならないことがあった。それなのにあまりに遅刻しすぎてすべてが終わってた、なんて時の心情に近いかもしれない。
 ……正直、死亡者がいないことだけを祈りたい。
 たかだかプリン一つのために学び舎をぶち壊す目の前の少年は……なんていうか妖怪を一足飛びで飛び越えたバケモノだった。

「……プリン」

 顔が引きつる。

「………………ぷりん」

 冷や汗が流れる。
 アスカの華奢なわりにすらりとした身体が夜一の懐にもぐりこむ。
 容赦なく大剣をつきたて、アスカは叫ぶ。

 さー、と。
 夜一はある意味、この世の終わりを悟った。

「プディ――――――――――――ング…………!!!!!!」
「ぎゃああああああああ…………」




 …………



 ……



 …




「――ああああ!!」

 反射的に跳ね起きた。
 視界には見慣れた壁紙が広がり、カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。
 今までの出来事がすべて『夢』だと悟ったのは、それから十分後のことだった。

 しかし。

「ずいぶんとひでえ夢だったなくそう」

 この俺様を泣かせるとは。
 なんてつぶやきももっとも、夜一の目尻に小さな涙の粒が浮かんでいた。
 感覚がリアルで、頭の奥底に強く印象付けている。内容を話せといわれれば、それはもう鮮明に思い出せるだろう。

 ……ああ、まったく。

「だいたい誰だよ、アスカって」

 麻帆良学園に、神楽坂飛鳥という名前の生徒はいない。神楽坂の名など明日菜だけで十分だ。
 吸い込まれるような真紅の目。女子中学生にしてはすらりとスマートな体型であるにもかかわらず、無骨な大剣を操るポテンシャルの高さ。そして、圧倒的な存在感。
 何かの予兆か、あるいはただの幻か。はたまたこの世界と似ていて異なる世界に存在する者か。
 ……ともあれ。

「やっべ、遅刻だ!」

 夜一は時計を見るや否や慌ててスーツを手に取ったのだった。






 ●






「おはよ、アスカ」
「うん。おはよー」

 登校時間。まき絵と亜子と一緒に校舎へ向けて走っていたアスカは、弟分であり担任教師であるネギ一行と合流した。
 ネギ、明日菜、木乃香、刹那。修学旅行以来、彼女たちはとても仲がいい。それまでは木乃香と刹那が疎遠だったことを考えると、仲がいいことに悪いことはない。
 その仲のよさが

「アスカさん、どうしたんですか? なんか顔色が……」
「うんうん。ウチも起きたときからずっと思ってたんよ」
「へ、そうかな?」

 言われてみれば、確かにと。
 しげしげと顔を覗き込んだ明日菜や木乃香も同様にうなずいた。

「無理しちゃダメだよ?」
「わかってるって。大丈夫だよ、ネギ」

 ちょっと夢見が悪かっただけだから。

 さわやかな、見惚れるような笑顔をみせた。



 …………



 どんな夢だったのかは、察するべし。





…………

はい。というわけで、村正虎徹さまへお贈りしたコラボ小説です。村正虎徹さまのサイト『白夜桜』にて連載なされている主人公さまも登場していますね。
まぁ、一応コラボなので。
なんか、コラボっぽくないなぁとか思いつつ贈ってしまったのですが、喜んでいただけたようなのでとりあえずほっと一息ですかね。
村正虎徹さま、ありがとうございました!!


ブラウザバックよろしくです。
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