見上げた夜空は。 七月七日。 特別な日――――――と言えばそうだと思う。 誰もが口々に言うわけではないと思うけど、やっぱり何人かは『七夕』と口を揃えて言うだろう。 ……七夕だ。そう、七夕。 別にこの日が嫌いなワケじゃない。 近所じゃ七夕と言うこの日に乗ってお祭りがあるし、出店も多くあってむしろ楽しい。 友人と一緒に遊びに来てわいわい騒げるし、この独特の雰囲気も嫌いじゃないし。 ……ただ。 「……皆、どこ……」 はぐれた。 そう、はぐれたんだ。 単純にして明快な言葉だと、色々とボロボロになりながら思う。 今日は本当についていないとすでに何度思ったか分からない。 別に気合を入れて浴衣を着ようと思ったわけじゃなかったけど、浴衣を着て行ったら私以外誰も浴衣を着ていなかったことがまず一つ。 前日に『浴衣着てくの?』と電話をくれた律は「私はただ『浴衣着てくの?』って聞いただけですわよん♪」なんて、紛らわしいことを言うし…… 唯一絶対着てくると思ったムギも、『着付けに時間がかかるから』という理由で着てこなかったらしい。唯も同じ理由だった。 けど、それで皆にいじられるだけならまだいい。 出店で買ったリンゴ飴は落とすし、金魚掬いで袖は濡れるし金魚は取れないし、それに財布まで落とす始末だし。 それに、何と言ってもトドメが。 「痛……っ」 ――――――つまずいて転んだ際に足を捻挫した。 捻挫した所を見ると赤く腫れ上がっていて痛々しかった。 こう言った“痛いもの”が私は苦手で、それらの話を聞いただけでも体が痛くなるような気がして耐えられない。 しかも転んだ際に負荷が掛かったのか、下駄の紐が片方切れていた。 これでは軽音部の皆を探すことも出来ないし、ましてや歩くことも出来ない。 ……七夕だ。全てはこの七夕と言う日が悪いんだ。 何だか空しくなってきた。 「……っ」 今日は誰もが楽しくなる日のはずなのに、どうして私ばかりこんな目に遭うんだろうか? でもそんな不満を通り越して、何だか自分が惨めに感じてきて悲しくなってきた。 しかも泣いちゃダメだと思うのに、目頭が馬鹿みたいに熱くなってくる。 今日は本当に最悪な日で、今すぐ家に帰って引き篭もりたい気分だった。 ……こんな足じゃ、帰ることも出来ないけど。 「あれ、澪か?」 けれど、突然呼びかけられる。 振り返ればそこには見慣れた黒髪の男の子がいて。 「……?」 幼馴染の、彼が、そこに、いた。 右手にはリンゴ飴。左手には焼きそばやお好み焼きの入ったビニル袋。 夏らしいラフな格好で、相変わらず柔らかな笑みを浮かべていた。 それに暢気に口をもごもごさせていて、多分食べているのはたこ焼きだ。何と言っても唇に青海苔がついている。 ……駄目だ。視界がぼんやりと霞んでくる。 こんなボロボロな姿を見られたのが恥ずかしくて、情けなく思えてきて。 どんな顔すればいいかなんて全然分かんなくなってきて。 「ううううぅぅぅぅぅぅぅ……っ!!」 「え! ちょ!?」 ……何だか涙がこぼれてきた。 「あーっと……大丈夫か?」 「ん……」 ゆっくりと屋台と人の流れに逆らって歩いていく。歩けない私は彼の背中におんぶしてもらっていた。 当然のことながら周りからの視線が自然と私達に集まり、公開処刑のような状況にある私は彼の背中に顔を埋める。 小さな頃から注目を浴びるのが苦手で、しかも彼にこうしておんぶしてもらっていること自体が恥ずかしいこと以外のなにものでもなかった。 ……それに彼に迷惑を掛けている事実に、ひどく罪悪感を感じる。 「……」 「んー? どうした?」 「……ごめん」 「なんで謝るんだよ?」 「うん……ごめん」 「……」 ぐるぐると自己嫌悪の思考が頭の中で渦巻く。 出来る事ならこの場から逃げ出したくてしょうがなかった。 目が妙に熱くなってきて、また視界がぼやけていく。 「なあ澪、覚えてるか?」 でもふと彼が話しかけてきた。 それはどこか思い出し笑いにも似た、今にも笑い出しそうな声だった。 目元に少したまった涙を拭い、どうしたのかと私は首を傾げる。 するとは懐かしむように口を開いた。 「小さい時もさ、祭りにきてこんな感じで歩いてたよな」 「……うん」 それはもう何年も前の話だった。確か小学生ぐらいの頃だったと思う。 その時も今みたいに友達とはぐれて、道に迷ってるところをと出会って…… 「あの時の澪もこんな感じで泣きそうだったよなー」 「……うるさい」 「でさ、確かその後、気がついたら道に迷ってワケ分かんない所を歩いてたよな?」 「……それ、の所為だろ」 「迷子になってたのは澪が先だろ?」 「……」 笑い声を堪えるかのように、はそんな昔話をしてきた。 彼は究極的な方向音痴と言っても過言ではない。 幼馴染だからこそ知っているその“酷さ”。とてもじゃないけど知らない場所を一人で歩かせると危険だ。 それは昔からで、彼が言うように昔に来たこの祭りでも二人で道に迷ったあの時のことは忘れられない。 私たちの両親が捜しに来てくれるまで、ずっとこの辺りを彷徨っていたのである。 「……どうしてそんな恥ずかしいこと覚えてるんだ……」 この体勢なら首を絞めることも可能だと告げるように、私は彼の首に回していた両手に少し力を込める。 だけどそうやってこれ以上恥ずかしい昔話は聞きたくないというそんな意思表示をするも、は相変わらず呑気に笑ってばかりだ。 少し私は苛立ちを覚えて文句を言おうとした――――――けど。 「――――――」 「多分、これのお陰だな」 そう言って彼は夜空を見上げるように少し顔をあげた。 そして私もつられて夜空を見上げて――――――言葉を失った。 「昔も迷ってる時にここに辿り着いて、こんな感じに綺麗に星が見えてたよなー」 「――――――、」 見上げた先には夜空を埋め尽くす満点の輝く星たちがあって――――――そうだ。思い出した。 あの時も半分泣きかけだった私に、彼はこんな景色を見せてくれたっけ。 もう道に迷ったことも二人だけで心細いなんてことは全てどっかに消えて、ただその景色に見惚れていた。 それは何年も経った今も同じだったけど、少しだけ昔と違うものが一つあって。 「澪はいつも小さいことを気にしすぎだよ。もっと俺みたいにさ――――――」 本当に、昔と比べて私たちは大きくなった。 でもそれ以上に大きくなったのが、私の彼に対する“感情”で。 ……恥ずかしくてそれを口にすることなんて出来ないけど、今日のことぐらいは言ってあげてもいいかもしれない。 「ありがとう、……」 その時の彼の驚きようは思い出しただけでも笑えてしまう。 彼の顔は見ることはできないけど、確かに彼の耳は赤くなっていて。 照れてるそんな姿が可愛いなぁなんて思っちゃったりして。 だからもう一度そんなリアクションを見たくて、私はもう一度言葉にして耳元で囁いた。 「本当にありがとう、」 いつかちゃんと、素直に自分の気持ちを伝えられたらいいな。 |
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