今、この僕、神楽坂アスカはとんでもない危機に直面している。
 それは危機と言っても別に命を落とす様な事でもないし、大怪我を負うようなことでもない。
 しかし、下手をしたらこの危機はそれらより質が悪い事かもしれない。
 そして、今の僕の状況はと言うと片手にシャーペンを持ち、目の前にはインクが染み込まされ、それが文字をあらわしている紙が机の上にある。
 その紙は授業が開始されてから直ぐにこのクラスの副担任であり、数学を担当している佐藤先生によってクラス全体に配布されたものであり、それには今まで学んできた事を試す問いが書かれていて、今それらの問いを必死で考え、解いている。
 しかし、手に持ったシャーペンは中々動かず、時計が無常にも一定のリズムで時を刻み続ける。
 いつもこの状況の時にはマイペースに時を刻む音が非常に腹立たしい。
 そして、その時計のマイペースさとは裏腹に、僕は焦っていくだけで、どうしようもない。
 そう、僕は今"抜き打ちテスト"を受けているのだ。


 授業の終わりを知らせるチャイムが鳴り響いた。
「そこまで、全員筆記用具を置いて答案を集めろー」
 先生の声を聞き皆が答案用紙を後ろから前に集めはじめる。
 その際に友人同士でお互いに解けなかった問いや、自信の無い問いについて話したり聞きに行くために席を離れたりしている。
 その様子は無表情に自分の考えを淡々と述べる者や、落胆した表情で自分がどうしても解けなかった箇所について友人に説明を聞く者など様々だ。
 その中でアスカは力尽きて机に突っ伏していた。
「アスカ〜、テストどうだった〜?」
 自分を呼ぶ声がしたので、机から起き上がりながら声の主の方を向き返事をする。
「あ、アスナ。何か今回のテストはいつもより難しかった気がする・・・」
 声の主はクラスメートの明日菜だった。後ろには同じくクラスメートの刹那もいる。
「あ、やっぱりアスカもそう思った?なんか今回の抜き打ちテストいつもより難しかったわよね〜」
「そうですね・・・、私もいつもより解けなかった問題が多かったです」
「何で今回は難しかったんだろう、おかげで今日の力をテストで全部使い果たしちゃったよ・・・・・・」
 三人でがっくりとうなだれる。・・・・・・三人?
 このメンバーならいつもいる筈の木乃香の姿がない。
 不思議に思い二人に聞いてみる。
「そういえばこのかは何処にいるの?」
「え?このかはテストが終わってから・・・何処行ったんだろ?」
「あ、お嬢様なら佐藤先生のところにいますよ、アスナさん」
 と教卓の方を見ると確かに刹那の言うと通り佐藤先生と話をしている木乃香の姿があった。
「ホントだわ、何話してんのかしら?」
 と明日菜が尤もな疑問を持つが教室の後ろに位置するここからでは到底聞こえないし、それにここまで声が届いていたとしても何より周りの話声で掻き消されてしまうだろう。
「これは後で本人に直接聞きに行くしかないみたいだね」
「そうね・・・・・・あ、話し終わったみたいよ」
 明日菜の言うとおり木乃香は話を終えたらしく、アスカ達を見つけ顔に微笑を浮かべながらこちらに向かってきた。
「なんか嬉しそうね、このか?佐藤先生と何を話してたの?」
「ん?あぁ、うちなー、今日のテストのことで佐藤先生と前から賭けしてたんよ」
 と明日菜の質問に嬉しそうに木乃香が答える。
「賭け?どんな賭けをしたの」
「今回のテストでなー、テストの難しさを少し上げる代わりにクラスの平均点が65点以上になったら佐藤先生に女装してもらうんよ」
 と興味を持ったアスカの質問にこれまた嬉しそうに木乃香は答える。
 しかし、その答えにその場の木乃香を除く三人の動きは一瞬止まる。
 その様子は、たった今自分の脳に入ってきた情報を理解できないと言った感じだ。
 そして自分の耳を疑いつつ、もう一度アスカが木乃香に質問をする。
「えぇ・・・と、今なんと仰いましたか、このかさん?」
「だからなぁ、テストの難しさを少し上げる代わりにクラスの平均点が65点以上になったら佐藤先生に女装してもらうんよ」
 アスカの質問に対し木乃香は先程と全く同じ答えを返す。
 そして自分の耳に入ってきた答えが間違いでは無いことを確認し、ここでやっと賭けの内容を理解し、
「な、なんで佐藤先生に女装なんかさせるの!?」
「よくそんな賭けを佐藤先生は受けましたね・・・」
「それより今回のテストが妙に難しかったのって、このかのせいなのっ!?」
 と堰を切ったように質問をする三人。
 それに対し木乃香は、
「えー、なんでって佐藤先生の女装姿が前から見てみたかったんよ、似合いそやろ?それに佐藤先生には一つお願い聞いてもらうとしか言うとらへんから女装のことは知らへんよ、それからテストだっていつもより少ししか変わらなかったはずやけど?」
 と三人の驚きを余所に一回で三人の質問に答える。
「少しじゃないよ・・・僕たちはこのかほど頭よくないんだから・・・」
 そうなのだ、木乃香の成績は学年の中でも上の上に位置するのに対し、アスカ達は中の下から上の間ぐらいなのだ。
 それだけの成績の差がある相手と同等に扱われても、無理があるというものだ。
「それ以前にさぁ、このか。佐藤先生が女装なんか本当にやってくれるの?」
「佐藤先生は自分でできる範囲のことなら何でもいいて言うてたけど」
「しかし、女装はどうだろうなぁ・・・・・・」
「そうですね、佐藤先生も男性ですから。女装には抵抗があるんじゃないでしょうか」
 と四人で木乃香がした賭けについて話をしていて、アスカがふと気付く。
「でも、前提はテストの平均点が65点以上になることなんだよね?」
「うん、そうやけど。皆そのぐらいの点数、取れてたやろ?」
『・・・・・・』
 三人は沈黙し、テストの状況を思い出す。
「平均65点かぁ、すまないけどこのか。僕今回60点いったか怪しいよ・・・」
「私もそのぐらいですね・・・」
「二人はまだいいわよっ!私なんか50点も怪しいのよっ!」
 各人、悲惨なテストの状況を話す。
「え〜、それじゃあ無理かなぁ。どうにかできひんの〜?」
「他の人達の点数次第だね。でもこのクラスは学年トップクラスが3人もいるから意外となんとかなるかもよ?」
 と悲しそうにしている木乃香を苦笑しつつアスカがフォローした。
「そういえば、賭けの結果はいつわかるの?」
「テストの採点が終わったらな、先生に寮のうちの部屋に来てくれるように頼んどいたから今日の放課後にはわかると思うんやけど・・・」
 アスカの質問に対し木乃香がそこまで言ったところで再びチャイムが鳴り、休み時間の終わりを告げた。


 学校の授業が終わり、アスカはクラスメートの亜子と一緒に寮へ帰っていた。
 帰り道でアスカは亜子に今日の木乃香が佐藤先生としていた賭けについて話をしていた。
「それで、アスカはどないしたん?」
「いや、別に何もしないけど?」
 亜子の質問にアスカは即答する。
「何で?佐藤先生が女装するんやったらアスカも協力したらええやん」
「協力って、僕は何にもすることは無いと思うけど・・・」
「佐藤先生に女装のイロハを教えたげるとかは?」
「女装のイロハって・・・僕は趣味でやってる訳じゃないんだけどな」
「そうやけど、やっぱり慣れとるやろ?」
 確かにアスカは事情があるとはいえこの学園に何故か女生徒として入っている。
 不本意ながら女装をすることに慣れていると言えば慣れているのだ。
「慣れてるけど・・・何か嫌だ」
「嫌って、何で?」
「それは何と言うか、男なのに女装についてしっかり教えるなんて嫌だし・・・・・・」
 とそこまで言って言葉を止める。
(待てよ・・・、これってもしかしたら日頃の女装に対する不満を晴らすチャンスなんじゃ?いつも僕は男なのに女装をしていて挙句、性別詐称薬なんかまで使ったりして、周りからもほとんど女の子と同じ扱いだし、僕の男としての尊厳は何処かにいっちゃうし、亜子にも僕のことあんまり男として見てもらえないし、たまには別の人を女装させて楽しんだって罰は当たらないよね?うん、きっと当たらないね。だったらこの不満を佐藤先生で晴らさせてもらうのもいいかな・・・・・・)
「アスカ?どうしたん?」
「ん?いやなんでも無いよ。それより僕やっぱり佐藤先生の女装に協力することにするよ☆」
 と明るくそう言ったアスカからはなんだかどす黒いオーラが出ていた。


「で、佐藤先生はまだ来てないんだ?」
 とそう言ったアスカが今いるのは木乃香、明日菜、それからネギが共同で使っている寮の部屋の中。
 今この寮の室内にいるのはアスカ、明日菜、木乃香、亜子、刹那にネギとカモの計6人と一匹。
 ネギとカモにはすでに事情を言ってあるので、あとは賭けの結果を携えた佐藤先生が来るのを待つだけの状況だ。
「もう少ししたら来るんじゃない?それにしても、もの凄い楽しそうねアスカ」
 そう言った明日菜の目線の先には非常にいい笑顔で待機しているアスカ。
「そう?僕はいつも通りだけど?」
 アスカはそう言うが、そう言いながらもアスカからは黒いオーラが見えている。
「アスカ・・・何だか怖いよ」
「何が怖いんだいネギ?」
 と笑顔で言うがその笑顔が余計に黒いオーラを際立たせている。
 カモにいたっては過去にその黒いオーラの被害者だったからか、ネギの後に隠れてしまっている。
「和泉さん、アスカさんはテストの平均点が65点以上いかなかったら佐藤先生の女装は無しになるのを忘れてませんか?」
「そうやな、帰り道で急にああなってからちょっと周り見えてないみたいやからなぁ」
 と亜子と刹那は異常に楽しそうにしているアスカの心配をしたりしている。
「それにしてもアスカが持ってきてくれたこの薬すごいなぁ」
 そう言った木乃香の手に握られているのはピンクと青の丸薬が入ったビン。
 これはアスカが持っていた性別詐称薬でピンクの薬を飲めば女の子に青の薬を飲めば男の子に性別が変わると言う代物だ。
 この薬の効果は木乃香が遊んで刹那やネギの性別を変えて遊んでいたし、アスカが身をもって証明している。
「それを使えば女装どころじゃないよ、佐藤先生を一時的にとはいえ本当に女の人にできるんだからね」
「楽しみやなぁ、先生はよ来ないかなぁ」
 そう言いながら二人とも目的は同じなのに質が全く異なる笑い方をしていた。
 それから少し経ち、部屋のインターホンの音が鳴り、その音を聞いて木乃香が玄関に迎えにいった。
 そして戻ってきた木乃香の後には佐藤先生の姿があった。
「なんでこんなに人数がいるんだ?」
「野次馬です」
 部屋の人数をみて佐藤先生は疑問を口に出すが、アスカが即答する。
「それより先生、結果はどうだったん?」
「あぁ、結果は受験者が31人で合計点数が2060点で平均は約66点だ。つまり賭けはこのかの勝ちだな」
 と淡々と言う、それを聞いて木乃香とアスカが
「と、言うことは!」
「先生一つだけお願い聞いてくれるんやね!?」
 と嬉しそうに言う。
「賭けに負けたからな、俺にできることの範囲内なら」
「先生本当にいいの?あとで後悔することになると思うけど・・・」
 と明日菜が言うが、
「約束だから仕方ないだろう?」
 とあっさり言う。
「それじゃ、先生早速やけど取り敢えず部屋を移動しよか」
「なんか随分と準備がいいな」
「細かいことは気にしない、気にしない」
 と会話をしつつ皆で部屋を移動する。
 移動した部屋番号は651号室、アスカが学園長に借りたままになっている部屋で、大人数でテスト勉強をするときなどに使ったりしている部屋だ。
「ここやで、先生」
 中に入ると部屋の中には一体どこからそれを集めたのか、女装のためのカツラや女物の服などが揃えてあった。
 それを見て、
「うわぁ、よく用意しましたね」
「凄いなぁ、このか」
 と亜子とネギは純粋に感心している。
 明日菜と刹那は二人でその用意された服やカツラを見て、それらの出所を考えている。
 佐藤先生は
「このかは俺に女装をさせたいのか?」
 と当然の疑問を持つ。
「それだけじゃないで、先生。これも飲んでな」
 そういって木乃香は例の性別詐称薬を出す。
「この薬は・・・」
「性別詐称薬だよ、飲むと性別が変わる薬」
 とアスカが薬について説明をする。
「待て、この薬を飲むのは断る」
「何で?約束はちゃんと守らなくちゃ先生」
「約束とは関係なしに俺はこの薬は飲めない」
 と佐藤先生は薬を飲むことを頑として拒否している。
「なんでぇ?先生うち賭けに勝ったやん」
「だからそれとは関係無しに俺は飲めないんだ」
「先生がどうしても飲めないって言うなら力づくで飲ますよ?」
 アスカが黒いオーラをだしながら言う。
「そんなことを言われてもな」
「言い訳は聞かないよ先生」
 そう言いながらアスカは丸薬を一つ出して佐藤先生の口にそれを入れようとする。
 しかし、佐藤先生もそれを防ぐ。それが段々とエスカレートしていってハイレベルな攻防戦になっていく。
 その攻防戦を木乃香はアスカを応援したりしているが、周りの人たちはそれをただ傍観するだけで様子を見守るのみ。と、言うより黒いオーラを出しているアスカと関わり合いになりたくないと言うほうが正しい。
「さあ、先生。大人しくこの薬で女になっちゃってください!」
「お前、何かキャラが違うぞ」
 アスカは非常に楽しそうだ。普段の鬱憤を晴らそうとしているためか、その動きは妙に鋭い。それを見て刹那は感心したりしている。
「先生もおとなしく薬飲めばええのにな」
「そうよね、これ以上騒ぎが大きくされても困るわよねー」
 亜子と明日菜は完全に自分達を部外者扱いしている。
 ネギにいたってはアスカと佐藤先生を止めようとあたふたするのみ。
「先生、ちょっとの間女になるぐらいええやんかぁ」
「それは結構問題発言だ、このか」
 木乃香の発言に対しアスカの攻撃を捌きながら突っ込みをいれる佐藤先生。
「皆も先生の女装姿を見たくて集まったんだし、期待に応えてこの薬を飲んじゃってよ!」
「女装するだけならいいが、その薬は飲めない」
 佐藤先生自身も問題発言をしているが、最早誰も突っ込まない。
「でも、少しだけ先生がその薬を飲んだところを見てみたい気がしますね」
 ポツリと刹那が言う。そしてその一言を聞いた瞬間に佐藤先生の動きが一瞬止まる。
 その一瞬はあまりに短く、周りの誰も気付かなかったし、なにより動きを止めた佐藤先生ですら認識していない一瞬だった。
 しかし、アスカだけはそれを見逃さなかった。そしてアスカの手に持った丸薬は佐藤先生の口の中に放り込まれる。
 それはまさに
「あ」
 と言う間のことだった。
「・・・・・・身体が熱いのだが?」
「大丈夫、すぐに収まるから」
 薬の効果で佐藤先生の身体は段々と女性のそれになっていく。そして佐藤先生の声は先程までの低めの声ではなく高めの声に変わっていた。
「・・・・・・」
「あんまり顔に変化あらへんね」
「そうだね、でも身体はもう女の人になってるよ」
「これで先生に色々とやってもらえるなぁ」
「スーツ着てるから変だけど、こうやって見ると結構美人ね〜」
 などと女になった佐藤先生を見て皆で感想を言ったりしている。
「どうしたんですか先生?何だか表情が暗いですけど・・・」
 刹那の言うとおり佐藤先生の表情は暗い。
「薬を・・・飲んでしまった」
「なんでそれだけでそんなに暗くなるの?青い薬を飲めば元に戻るんだしさ」
 アスカの言うとおりこの薬は放っておけば一週間は効果が持続するが、逆の効果がある薬を服用すれば直ぐに元に戻れるのだ。
「無理だ」
「え?」
「俺はこの手の薬は、体質のせいか一度飲むと効果が切れるまで何をしても元に戻れないし、普通の人より効果が三倍近く続くんだ」
 と暗い表情で言う。
「と言うことは」
「最低三週間はそのまんまって事?」
「そうだ・・・・・・」
 アスカと明日菜の問いに佐藤先生は、より一層暗い声で答える。
「・・・まぁ、仕方ないやん。今はここにある服とかカツラで色々と着せ替えしよか」
「勝手に・・・・・・しろ」
 その後主に木乃香とアスカで佐藤先生を色々女装させまくり、大笑いをしたりしてアスカはとても満足したらしい。
 彼曰く
「やっぱり不満を溜め込むのは良くないね、定期的に発散しなくちゃ」
 と言うことらしい。
 そして佐藤先生はそれから一ヶ月ほど学校に来られたとか来られなかったとか。




というわけで、Chronosさま、ありがとうございました!!
2周年記念ということで頂いた短編でしたが、
なんとオリジナル薬『性別詐称薬』を使っています!
本編にはまだ一度しか出ていないこの薬ですが、こうして短編に使っていただけると本当に嬉しい限りですね。


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